「君も来れば?」

めずらしく太陽を見せた昼間のリビングで、窓辺に置いたチェアに座るイヴァンはに問いかけた。
分厚い本を広げてカーペットの上に寝転んでいた彼女はひとつ寝返りをうってイヴァンの方へ向き、「おじいちゃんみたい」と
一言言ってまた元の体勢に戻った。


ノーということなのか、と華奢な背中を物悲しそうに一瞥してから、窓の外に視線を戻すイヴァン。
太陽の光を反射する雪と自分にあたるぽかぽかとしたそれに目を細めた。
イヴァンはこうして何かの生き物のように、太陽が出ると決まって食卓にあるチェアを片手に窓辺へ行く。


「あたたかいよ」
「手袋、むれないの?」
室内にもかかわらずこれが決まりごとであるかのようにはめこんだ分厚い手袋をが指摘するが、彼は問いには答えない。
読みかけていた本を音を立てないようにそっと閉じて、カーペットの上に正座する。
「早く冬、終わらないかなぁ」
「…嫌い?冬」


少し間をおいてから「うん」と返ってきた答えは些か嬉しそうな声色だった。
窓の外を見続ける紫の瞳に、外に広がる雪景色への憂いの念は見当たらない。それどころか声色の通り、嬉しそうでもあった。

膝のあたりにおかれた手、まるでかじかんだ指を温めるかのように擦り合わせてうっとりと表情を崩すイヴァン。

こんな表情を冬将軍が見たら、きっと、笑う。


「どうして冬が嫌いなの?」
「寒いでしょ?こうやって窓辺に行きたくなるくらい」
「私は大丈夫」
「僕年なのかなぁ」

はははと乾いた笑い。
どちらからでもなく、ただ両者とも相手を見ながらだった。

「…………………雪ってさ」


優しくしんしんと降り積もる時もあれば、乱暴に風に乗って誰となく吹きつけるときもあるでしょ?
積もったそれが人や動物を何かから妨げたり、奪ったりするんだ。だけれど、与えたりもする。寒い季節の次に待つ季節が待つ、
自然の恵みである「水」を産む。
厳しくても嫌われても厭われても、なにか役割があって欠かせないものなんだ。
僕も誰にも望まれてなくたってそういう立場になりたいんだ。


雪が音もなく降り積もるように静かな口調でイヴァンはそう言った。
寒い寒い夜に降る雪のような重みが一つ一つにあって、はすぐにその言葉に返事をすることができなかった。
それでも一度、イヴァンがこちらを見たときにこくんと頷くと、彼は満足そうに瞳を細めて笑う。


しばらくの沈黙の後に、やはり嬉々として窓辺に臨むイヴァンには一言だけ、責めるような口調で問いただした。




「本当は、冬 好きでしょ」



冬が嫌いか、と問うたときよりも幾分か遅れて「うん」と返された声色には、
冬が嫌いか、と問うたときよりもさらに嬉しそうな声色であったことを、私は今後わすれない。



110710