いきなり意識がはっきりした。
綺麗に瞼が開いたので、身体を動かさずに瞳を横に向ける。
身体に纏わり付いた熱はシーツと布団だけのものではない。たぶん、これは、人肌。

「…………………………」

私の拠点地でもあるシングルベッドにきつきつの状態でアントーニョ・フェルナンデス・カリエドさんが不法侵入していた。
これはよくあることなんだけど、毎回この巻きつかれた状態で目が覚めると、ルートヴィッヒの心境がよく分かる気がする。
(あつい)
体温が高いアントーニョのことだから、私は長い時間抱きつかれているとすぐに暑がって腕から逃げる。

「トーニョ」

起きてー。寝起きのガラガラ声を搾り出す。脳味噌はさめても身体が寝ていた。
ぴくりとも動かないアントーニョの幸せそうな寝顔。いつも眠りは深いので1回名前を呼んだところでおきやしないのだ。


「トーニョ」

「……ん…」

あ、まずい。意識を呼び戻したせいで腕に力が篭った。私はまだ逃げる準備をしていなかったので、囲い込みが狭くなって余計に熱に触れることになる。寝てる親分は熱い・強い・深い。


「親分!空からトマトが!」
「………………………………………………」

「あーロヴィーノがおなかすいてるみたいだなー」
「むにゃ」

「アムステルダムアムステルダムアムステルダム」
「ふが」


だめだ何これ無理ゲー。蘭兄やんに向かって「マドリード」って連呼すると身を捩って嫌がるのに。
逆に私が身を捩っているという状況にますます対処法を見つける冷静さが失われていく。
少年誌のようにこういうところで誰かが「朝ごはんができましたよー」と言ってノックなしで入室しふたりの醜態を目にして
「いやー」とか「きゃー」とか「パシャッ」とかなったりするのに。どこもおかしくなんかないぞ。

すっかり覚め切った身体に纏わり付く布団とアントーニョといらない熱。

「トーニョぉ」

羞恥に負けて出た声はあまりにも情けなく、震えるようだった。隙間からようやく出した右手でアントーニョの肩を揺らす。
「起きてよぉ」
「うーん…………………ほっぺにキスしてくれたら起きるでぇ」
「………………………は?」

声が意外とはっきりしている。もしかして今まで私が認識していた「熟睡トマト」は間違いで、すっかり覚醒しきった上で狸寝入りして私の反応を窺ってたということなのだろうか。
と、冷静に状況を把握する前にかあっと頭に血が上る。顔が赤くなっていくのが自分でも分かるぐらいに。


にしししーなんて白い歯をむき出しにして笑っている不法入国者の腕に思いっきり噛み付いた。
服に唾液が染み込むくらい奥まで歯を立てて下あごを左右にスライドする。痛みに飛び跳ねたアントーニョがまわしていたもう一方の腕を空中へ投げる。
「いたあああああああああ!痛い!やめてえええええ!」
この馬鹿が!といわんばかりに力を込め報復しつつ、先刻のアントーニョへの態度を恥じた。
おきていたなんて思わなかった。

そろそろ無作法をできるかぎりの毒舌をもって叱咤したくなったので腕から手を離す。
口から涎が糸を引いたけど、ちっともエロティックじゃなかった。ワイルドと言ったほうが正しい。


「お前はスッポンか!」
「うるっさい!いつから起きてたの!」
「いたいわー、いたいわー、もう親分しゃべられへん」
「う、うわっ!どさくさに紛れて足からませてこないでよ!」
が起きる前からパッチリやったで」
「喋ってるじゃん!ああもう離せっての!」

じたばたしても流石は元大陸覇者、服の下の計り知れない力が私の暴走を易々と阻む。
それが余計に悔しくて恥ずかしくて布団に顔を埋めると、いたずらっ子が笑うみたいに肩を揺するアントーニョ。
『バカップル死ね』でも『ベッドごと窓から放り投げるぞ』でもなんでもいいからロヴィーノ、はやく助けに来て。

「ブエノスディアス、
「………………ふんっ」

日曜日の朝から最悪の気分よ、と鼻を鳴らして攻撃した。
かわいいなぁ、と機嫌取りが言うけれど、埋めた顔は元に戻してやらない。

「せやな、今日日曜日やねん」


アントーニョが私を抱きしめる腕に力が篭った。もう熱さもわすれていた。
「もうすこし、こーしてたいと思て」
寝たふりしとってん。許して?



そういって子供のように笑った顔が、朝日より眩しかったなんて言えなかった。





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