「本当は暑いから来たくなかったのよ」

太陽と、その光を反射する白い白い砂浜を前に、言われずも目を細めてしまうような眩しさを広げる昼近く。
気の遠くなるような熱が砂を通してむわっと上ってくる。ビニールのシートももうすっかりあたたかい。


「そのパーカー、脱げばええやん?」

の羽織った砂浜よりも白いパーカーをつまんで引っ張ったアントーニョはそう笑った。
パラソルのもうしわけ程度に付いたフリルが潮風に吹かれてゆれると、下の影もちらちらと動く。
その影の下に居座り続けていると隣に座るアントーニョは、日陰から出て子供のように遊ぶフェリシアーノやロヴィーノ、ベル姉の様子をぼんやりと眺めていた。


「日焼けするから、嫌」
「せっかくの休みやし海なんやから日焼けなんて気にしてられへんで!」
「それなら自分が行ってくればいいでしょ!私行かないから」
「えーなんでなん?」
「うっさい」


本当はも我を忘れたように砂浜へ駆け出し、撒き散らし、青へ飛び込んで行きたいのだった。
本来二人で来るはずだった計画の急な変更と、それを呑んで楽しんでしまえばいいのだがそれができないことと、そんなことで拗ねている大人気ない自分に嫌気が差したせいで、こっそりうずうずすしてシートの上にうつ伏せで寝転がっているだけに留まっていた。


「なんでそんなブーこいてんねん」
「ブーって…べつにブーこいてないもん」
「もー、意地っ張りさんやなぁ」

困ったように笑っての頭をひと撫でしたアントーニョ。怒ったり咎めたり、愛想を尽かさないその姿勢までも、がわがまま
を強いているのだと実感させることにしか繋がらなくて、余計に気分を悪くする。
ふいとそっぽを向いて泣きそうになるのを堪えた

「トーニョのばか」
「急になんやねん?」
尖った唇に乾いた潮風がこびりつく。

「海なんか嫌い」
「あんなに行きたがってたのに『行きたくない』だの『ばか』だの…お前もしかせんと…拗ねとるん?」
「!」


右に並ぶ鈍感はいないと思うほどにその形容のしかたが似合うアントーニョが、珍しくの意表をついた。
思わずびくっと肩を揺らしたがそっぽを向いた首をもとに戻さずにいると、しつこく「なあなあ」「なあなあ」と歓喜を含んだ声で
またもパーカーをつまんで来た。

とても恥ずかしくなったは奥歯を思い切り噛み締めて、パーカーを摘まんでくる指をはねのけた。
「んー!」と子供っぽい声まで出てしまい、もう戻るところもないほど子供らしく感情を露呈してしまった気がして、涙腺は崩壊寸前。
にたにたしたいやらしい顔のアントーニョが「お?お?」と顔を覗き込んでくる。

はねのけた際に振り返って目が合ったまま、ほんの少しが経ってにたにた顔が口を縦に開く。



「何で拗ねとんの!?」



拗ねた内容は分かっていなかった。
もう自分が恥ずかしいのか相手(の頭の中)が恥ずかしいのかも分からなくなり、呆れ、ブルーシートから勢いよく離陸(いわゆる「飛び上がる」)パーカーのファスナーを指で摘まむ。

自分のあおりで泳ぐ気を出したのかと思い込んだアントーニョはぱあっと顔を明るくしたが、その顔に剥ぎ取るようにして脱いだ白いパーカーを力いっぱい投げつけ、砂の中へ走り出しながらサンダルを放る。


背中に回った紐を活発に揺らし、めいっぱい走ってから、遠い小さな呆気に取られたアントーニョを振り返った



ほんとは海、すきやろ

張り上げた声はおそらく、拗ねていた理由をまだわかってはいない。
憎たらしく愛しく愚鈍なその性格に好意を掠めて気付いてほしいなんて勝手だけれど、それでもはわがままにその言葉に答えない。

あかんべえをして、アントーニョの大声に何事かと振り向くビーチの3人のほうへ走り出す。



カラカラの夏の空気に肌をさらして、恥ずかしさも嫌気も熱気で蒸発してしまえばいい。
そうが思った頃、アントーニョが追いかけるようにして砂を蹴る音が近付いてきた。




110618