横たわる小さな命に止めを刺すように刃を捻る。もう死んでいるというのに、それを確かめるかのように深く。
またひとつ紛争という形で世界のひとまとまりを失ったこの子。破滅に迎え入れたのは彼女だ。
無慈悲な旋律を奏でた肢体を愉悦に浸った眼球に映す僕のちいさな人形は、これから起こる事に期待を寄せた、輝いた目をこちらに向けた。僕はゆっくりと口端を吊り上げて、彼女の頭を撫でる。


「ねえにいさま、これでいいの?」
「うんいいよ。そしたら次に、そこの旗を拾ってご覧」


言われるがままに亡骸の手に握られた旗を拾い上げる。わくわくという言葉が似合いそうなほど高揚を覚えているらしいその顔は、死体をものともしなかった。
揺らしたり広げたりしてそれを眺めているの肩に手を置いて、これがなんだかわかるよねえ?と首をかしげると何度か頷いて理解の意思を伝えてきた。

頷き返して、最早単なる布切れと成り下がったその旗を外し、棒だけを手にさせてしゃがみこんだ。
開いた瞼を静かに終わらせて布切れを身体に被せてやる。祈る?偲ぶ?誰が。


「これをどうするの?」
「君の旗をつくるんだよ。そしたらその棒につけるんだ」
そしたら君は僕とおんなじだよ、って笑ったら、も嬉しそうに顔をほころばせた。
「にいさまのようになれるの?これを作ったら」
「そうだよ。やってみたら?」
「うんやる、やりたい」


無垢な子供のように死体をそばに置いたままはしゃぎ始める。揺れる毛先にこびりついた赤は取ってあげない事にして、その姿を見て微笑むことに勤しんだ。ひとつの国としてまだ成り立たないだったが領土を確実に広げているのは確かだった。僕がなんの躊躇いも無くそうさせるために育ててきたのだから。

心のそこからこうして僕を慕ってくれる人間はごく一部だけれど、彼女は特別純粋だった。
小さな頃からそう仕向けてきたのだから当たり前ではあるけれど。


暗い雪が降ってきた。白が際立つ吐息も強くなってきた風に乗って一瞬で消えていく。
はそれでも寒さを気にすることなく、鼻を真っ赤にしながら笑っていた。

「君の好きな色を使って好きなように描けばいいよ。そしたら立派な国だよ」
「私が国になったらにいさまいろいろ教えてね」
「もちろん。じゃあまずひとつ、あそこの人の土地はとっても住み心地がいいんだ。貰ってきたら?」
「いいの?」
「いいよ。君が貰うんだもん」

貰う、という概念で土地を奪わせるのは容易かった。純粋だから。
だけど彼女をものにあうるのは難しかった。ここまで純粋に野蛮になれば僕を殺す事だってできるから。
慕っている感情が難なのかも、彼女は気付いていないから。

「どんどんきみの家を広げていくんだ。この世界をはだしでも歩けるようにね」

は笑ってはーいと間延びした返事を返した。ここまで順応だと愛しささえ覚える。
大きな銃を背中から外してに手渡すと、彼女の小さな身体が必死にそれを抱えた。折れてしまいそうなこの身体のどこにこれを持つ力があるのかというくらい、は儚かった。

頭をもう一度撫でて、笑う。

「がんばる」
「うん、応援してるよ」
君がいろんな場所に手を出してくれれば僕が手を出す必要はなくなるから。
「負けないかしら」
「大丈夫。そのときは君を」


ぼくが貰ってあげるから。


笑みだけでそう言った。彼女は安堵したような表情でまた、領土を広げることにわくわくしている。
はすべての国を統一できるほどの実力は持っていない。他の国がどれだけ実力を持っているかも知らない。調子に乗って踏み込めば、ルートやギルベルトに持っていかれるかもしれないのだ。
だからこそ、彼女を先頭に出して。
ぼくは、利用する。
何も知らない彼女が勝ち続けられるほどこの世界は甘いものじゃない。
ましてや今の状況では尚。

雪の上をはだしで歩かせても気付かないのは、が僕の用意した温かな靴を履いているから。

そのうちそれも温度を失って冷たい雪を水に溶かして吸い込んで、感覚を奪われるのだ。

「大きくなる。にいさまのために」
「そうなると僕もうれしいよ」
「ほんと?私が大きくなったら嬉しい?」
「嬉しいに決まってるじゃない。いいことだよ」

嘘偽り。こんなにも楽しいものはないんじゃないかと思うくらい思い通りの反応だった。
は棒を振り回しながら旗のデザインはどうのと空中に絵を描きだした。よっぽど国になるのが嬉しいのだろう。
僕はそれを見ながら手袋をした小さな手を引いて、帰るように促す。喋りながら歩き出したは少し雪につまづいて、苦笑いした。と手を繋いだまま歩くのは落ち着きが無いので少し危険だけど、今はこの手を離したくなかったからそのまま歩き続ける。

未だ暗く降り積もる雪がの頬に付着した。けれどそれは融解することなく頬についたままだ。
随分と冷えているのだろう。
僕はその頬を指の腹で擦ってやって、襟元をすこしきつく締めてやる。


「冷えてるみたいだね。駄目だよ、女の子が身体を冷やしちゃ」
「ふふふ、にいさまがそんなこと言うなんてなんか可笑しい」
「なんで。大事な僕のなんだから、心配するのは当たり前でしょ」
将来の領土としてね。
「ふふ、うん、うん、嬉しい。にいさま優しい。私幸せ!」
「そうだね。僕もだよ」

が破顔する。僕も哂った。

「今度は温かいところが欲しいな。にいさま、いい?」
「いいよ。君の好きなようにしなよ」


確実に領土を広げていくの実力はなかなかのものだ。
だけどその栄華がいつ崩れ落ちるか想像したとき、僕はがまるで雪の上を歩いているような感覚に捉われるのだ。