菊兄さんの代理で出た会議は、意外と長引いてしまっていた。30分は遅れただろうか、もうずっと指先がタップのリズムを刻みはじめてしまうような勢いで踊り続けている。無意識に苛立っている証拠だ。

最初から全くまとまりの無い話をし始めたかと思えば髭と眉毛が喧嘩を始めるし、私の隣に腰掛けていたフェリシアーノがシエスタから戻ってこない。起こすのに必死なルートは喧嘩してる馬鹿共まで手が回らないから、私が仲裁することになってしまった。扱いには慣れていないのに。


おかげで本題に入るのがかなり後になってしまった。いつもこんな会議をしているのだろうかと考えると、菊兄さんの苦労がとても身にしみた。




(早く終わらないかな)

足さえも動き始めた、予定時間より遅れた会議の最中。今日は終わるはずだった時間にギルベルトが迎えに来てくれているはずだから、きっと入り口で待っているに違いない。いつも通り一人で楽しく小鳥と戯れているのだろう。意外と図体のでかい彼が小さな鳥を手の上に乗せたり頭の上で遊ばせたりしているのを想像したら頬が緩んで、「ふふ」笑ってしまった。ルートが耳にして訝しい顔つきを向けてきたので、思わず肩をすぼめる。

それから会議はほとんど話なんて聞いてなくて、時計ばかり見ていた。



*


「遅くなっちゃったな」

一時間待たせてしまった。夕方は冷え込むのに、どうせ彼のことだからコート一枚羽織っただけで迎えに来てるんだろう。首元や耳が冷えるのに対策なんてしてこないから早く家に連れて帰りたい、と保護者の如く身体を心配しながら足早に廊下を歩く。やっぱり会議室とは温度が全然違うので寒くて仕方ない。
奥歯に自然と力が入るのを感じながらさっさと廊下を歩いてしまおうと思ったが、扉が半開きになっている部屋に目が行く。

「あ」

隙間から見えたのは、私を待ってくれていたらしき人物。
存在を主張するかのように態々長机の真ん中の椅子に腰掛けて、堂々と突っ伏す姿が薄暗い中で確認できた。流石に寒かったからな、と部屋に入ると、電気ストーブだけがギルベルトの後ろで静かに熱を放っていた。
これでも空気は寒い。大丈夫かな、死んでないかな、なんて雪山で睡眠を取ろうとする愚者を労わるようにギルベルトの背中に触れる。静かな寝息が腕に埋もれた隙間から聞こえてくるので、取り敢えず生存していることを確認して隣の椅子に腰掛けた。

待たせてごめんね、と呟いたけど、彼は寝てて気付かない。
待っている間に寝てしまうなんて彼らしかったので、ふと微笑んでしまった。かすかにもれた笑い声でギルベルトが起きてしまわないか不安になって、とたんに真顔になった。これ誰かに見られてたら恥ずかしいなあ。


「う……」

呻き声を上げてもぞもぞと体勢を変えるギルベルト。頭の鳥が驚いて鳴き声を上げた所為で、がばりといきなり起き上がった。勢いが良すぎて私も驚きに動けないで居ると、しょぼしょぼとした目をこすりつつあたりを見回す。薄暗いのと起きたばかりで視界が狭い彼はすぐ隣に居る私に気付かずに何かを探していた。

可笑しくて「ぶすっ」声が出て、「うおお!」耳元でしたその笑いに驚いたギルベルトはそのまま仰け反った。

「びっくりしたな…終わったのか?」
「うん。お待たせしました」
「あーほんと。待ったぜ」
「すみません」

お陰で寝ちまった、と言い切る前にあくびが彼の口を開かせる。大口をあけて空気を吐くギルベルトは目にうっすらと涙をためながら顔を元に戻した。結構な美形が台無しだった。


「またフランシスとアーサーがちょっと、ね」
「あぁ、あいつらのことだからなー。わかってたけどよ」
「これからどうする?食べてく?」
「お前がしたいようにすれば?俺は眠いー……」
「家帰る?」
「帰ってもなんもねーよ。ヴェストはまだ仕事残ってるらしいしなー…食ってくか」


結論が出たので徐に椅子から立ち上がると、ギルベルトはすかさず私の腕を引っ掴んで留まらせる。「ん?」なに?と首を傾げると、眉をしかめたままの彼が唇を尖らせたまま座っていた。老体ってわけでもないのだから、自分で立ち上がって欲しいのだけど、と思いつつわきの下に手を滑り込ませて「はい立ちますよー」「ちげーよ!」振りほどかれた。

屈んでいた私のことを抱き締めて頬をすり寄せる。コートからのぞいた僅かな地肌に吸い付いてきたギルベルトは、そのまま薄皮を吸い上げてちゅうちゅうと子供のように愛情表現してくる。
いい年こいてなにやってんだこいつは、と横から頭をはたくと、唇が離れた。「いてーよ」どっちが。
訝しい目をしてやると、機嫌の悪そうな顔で私を見ながら両手を広げる。


「寂しかったんだぞ、俺は!」
「いつもじゃなかったっけ」
「うるせえ!なんかしろよ。遅れたなりの何か、」
「えー…………」

ギルベルトは両手を広げたまま、尖っていた唇をすぼませてんーんーと声を出し始める。遅れたなりの「何か」という見返りを要求してきた割にして欲しいことが限られている矛盾に呆れながら、ギルベルトの胸元に顔を埋めた。唇に来ると思っていた彼は拍子抜けだろう。

「おい、そこじゃねえ」
「なんでよ。何か、でしょ」
「俺の唇見ただろ?こ・こ」
「ああー随分カサついてるね…リップクリーム買おうか」
「違うだろ、それとカサついてないんだが」
「もう。恥ずかしいからやだ。ギルからすればいいじゃない」

いいのかよ。俺からでも。
挑戦的な笑みに怖くなって、だけど調子に乗られるのは嫌なのでうなずくしかできなかった。それを見たギルベルトは急に顔を近づけてきて、思わず目を瞑る。怯んだ唇は侵入されまいときつく結ばれた。


いつまでも襲い掛かってこない熱に違和感を感じ、こっそりと目を開ける。そこにいたのは笑いを堪えに堪えているギルベルトだった。


「嘘だ、バーカ」
「………………なによ!さいあく!」
「くく、いーもん見せてもらった!顔真っ赤だぜ!」
「もう!意味分かんない!置いて帰るからね!!」
「まあまあ、そう怒るなって!」

まだひくひくと喉の奥を浮つかせているギルベルトの顔を殴りつけたくなるのを我慢して笑いが収まるのを待つ。涙を目尻にためるまで爆笑したギルベルトは、私の熱く火照りきった顔をまじまじと見て何度も頷いた。


「………帰るよ!」
「おいおい待て待て」

に、と笑ったギルベルト。なんだか嫌な予感がする。
彼は私の頬と額、それから鼻の先にキスを落とした。


「食ってく、つったろ?」



そういう意味でしたか。



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