「さてどうするかな」

花束が円筒の花瓶に何本も立てられている。それを眺めてううんと唇に指を宛がうフランシスは、「今度私の友達が結婚するからお祝いに花束をチョイスして欲しい」とに頼まれていた。も一応は一緒に花屋に来ているが、花の魅力がいまいちよく分からないらしいので彼に手助けをしてもらうとか。

というか、手助けどころか今はもうフランシスの傍を離れて他の花を弄っている。


「ちょっと、何してんの。それ菊でしょ」
「綺麗だなぁと」
「嘘こけ。ていうかタブーなの知っててぼけてるだろ」
「どういうのがいいの?」


あのね、と指差す先にあるあたたかな色の花の名前をつらつらと喋りだすフランシス。
女の子にあげることや結婚のお祝いを意識して選ぶべきだと言い、やはり綺麗な薔薇でも包もうかという意見に一人で行き着く。その思考に追いつけなかったのきょとんとした顔を覗き込んで、「いい?」と首を傾げた。菊を握ったままのは無表情のままこくりと頷く。


「折角の結婚式だからね。その子も、綺麗な花で祝われたいはずだよ」
「でも私の友達だしそんなにこだわりは無いと思う」
「サバサバしてるって言いたいの?…あー、まあねえ…ほどでは無いと思うけど」
「なにそれ」
「そんなだから結婚できないんだよ、…………ごめんねごめんねごめんなさい」

視線だけで殺されるかもしれないと悟ったフランシスは、自分が柄にも無く女性を傷つけたことに多少の後悔を抱いた。だけどは既に気にしていないような顔で薔薇の花びらを摘んでいる。

「………お兄さんが結婚してあげようか?」
「は?」
「冗談冗談」


の怪訝そうな顔に、冗談めいた笑い声を上げるフランシス。手をひらひらと振って彼女の頭を撫でた。
かわいいなぁ、と言いたかった彼だったが、半分本気だったらしく少し寂しそうな顔をしている。は怪訝そうな顔をもっと歪めて不愉快の意を素直に表現していた。

女性の扱いは上手いはずなのに、どうもこの子だけは扱えないなと胸の内で思いながら薔薇を手に取り始める。は歪んだ表情のまま、黙ってそれを見ていた。

「おーい。これでいい?」
「………」
「んー、じゃあこれは?」
「……」
「それじゃあこれは?」

時折フランシスは期限を窺うように顔を覗き込んでを呼ぶが、そうすると今まで後ろをくっついてきたくせに視線だけ逸らしてぶすっとする。髪の毛に触ろうとしたらグーが腹に飛来した。これでは手も足も出ないので、暫くしてから話を聞くことにしようとフランシスはレジへ向かう。
薔薇は、静かに揺れていた。





「ほら、いつまでもぶすっとしてると子供みたいだぞ」
「………」
「何が悪かったの?お兄さんの。言ってごらん」
「………………そんなに沢山買ったの」
「だって愛がいっぱいあっていいじゃない。…あ、もしかしてやきもち?」

は余計不機嫌になった。図星だ。
フランシスは思わず顔を綻ばせてしまった。は俯いているからその顔を見ることは無かったが、それを見ていたらチョキが彼の目に飛来していたはずだ。

「……糞髭。だいっきらい」
「はいはい。かわいいなぁは…」
「かわいくないもん」
確実に幼児退行化していく
「俺からの薔薇が欲しかったのね?」
「ち、ちが……」


フランシスがおでこにキスしてやると、の顔が真っ赤に染まった。小さな手で額を押さえて「な!な!」と震えている。弛緩したついでに溶けていきそうな頬を押さえつつ、の頬に添えていた手で輪郭をなぞり囁く。

「好きなんだ、お兄さんのこと」

顔の赤みは一向に取れない。もぞもぞと唇をじれったく動かすだけで、返答さえしない。
だけどその躊躇いがあまりにも可愛らしくて、フランシスはたまらず目を瞑る。息を深く吸って手に持っていた薔薇で店主から見えないように唇を塞いでやると、はそのまま固まった。


しばらく直立不動のにキスをし続けた後、フランシスは手を握って花を持たせ、「もうひとつ、買ってくるよ」とに背を向ける。悔しさなどとうに忘れたはそのまま、乾ききっていない唇を開いてその姿を見ていた。
数歩進んだところで思い出したように振り返ったフランシス。
未だ状況を理解できていないに笑いかけて、言った。



「もちろん、それより大きい奴をね」



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