前の二人をしらない。

仲が良いことは目に見えて分かるけれど、何を見てきて、何を知ったかわたしは知らない。
聞いたこともない。





突然公園に行くと言い出して拉致されたわたしは、フェリクスの隣のブランコに乗って揺れていた。

「どうしたの?」
「いや、なんもないけどー」

ただ抜け出したくて、と意味わからない曖昧なことを言って目的を濁すフェリクス。ブランコの錆が出す不快な金属音が輪をかけるように私を苛立たせた。
最近不機嫌だからー、気分転換?」
「それでブランコなわけ?」
「落ち着かん?」
「フェリクスだけでしょ!」

大きなため息を仰々しくはいてみせ、肩を落とす。
何を怒っているの?と聞く素振りも見せなければ、トーリスになにも言わず家を出てきたことに反省もしていないようだった。
夜の空をぼんやりと眺めながら足でゆらゆらとブランコを動かしている。

「別に。不機嫌なんかじゃない」
「嘘言うなだし、トーリス言ってたからー」

フェリクスの口からは何度も彼の名前が出てくる。毎日そうで、私は飽き飽きすることもある。
それ以前にフェリクスが口にする人物が私でないことに嫉妬を感じていた。
私と彼は恋仲ではないから、「嫉妬している」なんて恥ずかしいこと一言も言ったことはない。

「だからここに連れて来たの?」
「そ。トーリスが星の眺めいいよっつーから」
「…トーリストーリスってうるさいな、トーリスしか信用してないの?」


少し嫌みな言い方だった、と口にしてから後悔した。私は思わず口を紡いだが、フェリクスはブランコを止めること無く笑った。

「ひどいくない?俺が一番信頼してんのはお前なのに」

その言葉に身体中の血液が沸騰した。お腹が渦巻いて背中に汗がにじむ。腹の底から張り上げた自分の声は、自分でもびっくりするぐらい大きかった。

「ふざけないでよ!!」

笑っていたフェリクスの顔が一瞬で真顔に戻る。激しい剣幕で言い過ぎたかな、という思いがよぎったけれど、そんなことを気にする余裕はなかった。
「トーリストーリスっていつも話はそればっかのくせに!そんなこと言えるのは私の一番があんただって確信があるからでしょ!あんたの話聞いてる私の身にもなってよ!」


前の二人をしらない。

私のいない世界で何を見て何を知ったかわたしは知らない。
知りたくも、ない。
身勝手な嫉妬だと分かっていても憤りは収まらなかった。


いつのまにか彼の真顔はぽかんとした顔に変わっていた。肩を上下させて呼吸しながら射殺すようにフェリクスを睨んだが、頬は柔らかく緩み、暗い公園の闇のなかでもわかる綺麗な目を細めて静かに笑った。

「な、んで笑…」
「なるほどね、お前んなかでは俺は一番なんね!」

拍子抜けだった。少しも気分を害すことなくわたしに笑いかけ、さらに嬉しそうな声を出すなど。
ブランコは揺れることを忘れ、ただ呆れる私の尻の下に静かにいた。

「…そこなの?」
「どこ?」
「……もうフェリクスなんか、やだ」
「説得力無さすぎじゃね?」


そんな緩んだ顔して嫌だなんていわれたって、信じる気無いよ。といわんばかりににっこり笑ったフェリクス。
私よりもおおきな、意外と骨ばった手で子ども扱いするように頭を撫でてきた。
恥ずかしくて悔しいからアタックするように彼に腕を回して抱きついてやる。鈍い音を立てて抱きつかれたフェリクスは少しだけ驚いてから、私の肩を抱いた。


「トーリスばっかりずるい」
「わかってるわかってる、俺はお前だけだから」
「…むかつく」
「機嫌直ったみたいだから、かえるし!見たいテレビあるんよー」

甘い雰囲気に浸れたと思った束の間のその台詞。身体の熱が一気に冷めていくような感覚だった。
ブランコから飛び降りたフェリクスが背に電灯を浴びながら言う。



「トーリスが面白いって言ってたから見てみるし!」




もしかしてわざとやってんのか?




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