「なにそんなに落ち込んでるの」


スネークの逞しい肩の面影はどこにもなかった。しょぼくれたただの髭オヤジが私のベッドに顔を埋めて嘆いているのを見るのはあまり良い気分ではないが、何か理由があるんだろう。
スネークの背中を叩いて起こすが、顔は相変わらずぶすっとしたままだ。ちっとも可愛くない。


溜息を吐いたのち、投げやりに後ろ頭をかいて「なあ、お前はオヤジが嫌いか?」


「おやすみー」「待て!話を聞け」「やーぁなこった。またそんなくだらない話に付き合わされるのはごめんです」「お願いだ聞いてくれ」「うるさい出て行け!うざい!あんたうざいおやじだからあだ名うやじね!じゃ」


お前英雄を相手によくもそんなにぞんざいに振舞えるな、と少し複雑そうな顔をされた。つんとそっぽを向いてベッドに腰掛けるとスネークは子供みたく身体を揺すりながら私の名前を連呼する。俺は英雄じゃないと豪語していたのは誰よ、と皮肉ってやるがそんな言葉さえ届かない。
私が寝るのを阻止するためにでかい体をベッドに倒す。「ちょっと」不機嫌な顔を向けるけど、彼は私が腰掛ける縁の後ろのスペースを占領しきって得意げに笑っていた。



「答えてくれ」
「なんでそんな質問するの?」
「いや……それがな……」

スネークはまた眉をひそめて悲しそうな顔をする。よっぽどショックな出来事があったのだろうか。

「オヤジばっかり出る物語はつまらないと言われたんだ」
「私床で寝るからスネークそこで寝ていいよ?」
「聞いてないな?」
「聞く価値が無いでしょだから」
「お前!俺は、俺は……必死なのに…!」


聞いても無いのに話を続けるスネーク。そういうところが嫌われるんだって分かってないのか、と私は溜息をつく。シーツに埋もれたまま唇を尖らせて喋るオヤジだからこそつまらないんじゃないの、と毒づくと、とうとうすすり泣く真似までし始めた。あれだけ戦場で真面目な顔をしようと家に帰るとこれだから、なんだか本当にビッグ・ボスの称号を貰ったのか疑わしくなる。

放置プレイに勤しんでいると、構ってもらえないことに不満があったのかスネークは後ろから私の肩を掴んで引いた。後ろの方に倒れた私は後頭部を壁に強かにぶつける。「ぐぇ」蛙が潰れたような声を出してスネークを睨むと、いつのまにか顔は真摯になっていて、怯んでしまった。


「なぁ、

その顔を近づけて、私の名前を呼んだ。
先刻とのギャップが激しすぎてどきどきと胸を高鳴らせてしまう私は相当愚鈍なのだろう。
顔がみるみるうちに熱を上げていくのが分かる。




「どうして…………オヤジはモテないんだ」



「………………………あぁぁあぁぁ」

雰囲気ぶち壊しだった。

「オヤジの方が貫禄もあって格好いいのに!」
「…そういう自惚れたところがあるからじゃないの。……もういいよどうでも……」
「オヤジの方が女性の扱いだって上手い」
「そうとは限らないよ」現にあなたは朴念仁。
「オヤジの方が経験だって豊富で、」黙れえええ!!

頭をひっぱたいてそれ以上の言葉を口にするのを阻止する。伝説の男の頭を厭わず叩ける私の神経も私の神経だが、伝説の英雄である故に発言には多少の制限がかかることを忘れないで欲しい。

「お前はどう思う?オヤジを」
「ああ、もう、どうでも、いい………泣かせて」
「泣くな、聞くんだ。髭が生えててムキムキで、女の手なんかより銃を握った回数のほうが多いオヤジをどう思う?…………………なんだその顔は」
「…………こういうとき、どういう顔したら良いか分からなくて」
「笑えばいいと思うよ」
「そうじゃないでしょ!誰?あんた誰?ちょっと待って、別にノッてくれとは言ってないんだけど」
「いや。あのアニメは深い」
「そんなこと聞いてない」


話が脱線してるけど、もうこんなこと話すのも面倒くさいしいいかな、なんて思って。
だって私はどれだけ他の人がオヤジばかりの物語がつまらなくとも、自分がそれでいいから構わない。
我侭な考えだけどでも、彼がこちらを向いてくれている限り私はそれで満足できるから。
それに気付かないでショックを受けてるこいつが気に入らないだけで、別にオヤジがモテないことに興味が無いわけではなかった。
もう、いい加減気付いてよ、と目で訴えるけど、彼はまったく気付きもしない。朴念仁とどこかの女性に罵られるのも分かる気がする。

「??」

首を傾げるスネークの顔に唇が届くように、すこしだけ起き上がってキスをする。
触れるだけのキスだったけど、彼の唇はほんのり熱を帯びているのがよく分かった。
ぱっと顔を離してそっぽを向き、目を瞑る。


「わたしがいいから、いいの。もてなくて、いい」
「………
「じゃあ、この話は終わりね。おやすみ」


私の肩を掴んで揺するスネークは些か嬉しそうな声調だった。

「なによ」まだ顔が熱いのに。
「それはお前が、オヤジが沢山出てくる物語は好きだという事か?」
「…………………………………………………………………………………………」
「オヤジの何処が好きなんだ、言ってみろ」


もう、やだ。








ナンセンスな会話は今夜も続く

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