私は日本人なので当然家のつくりだって日本式だ。
台所だって西洋人向けに作っているわけではないので、高さだって大きさだって広さだって違う。

今日は私の台所に図体のでかい西洋人3人がひしめきあいながら突っ立っているので、違和感が爆発してしまいそう。

「何作るん?」
「そりゃお兄さんが腕を「うめえもんうめえもん!」
「聞けよ!」
「パエリアでええ?」
「芋!芋!」

まとまらない会話を聞いてるだけで水鉄砲でも食らわせてやりたくなるんだけどどうやらご飯を振舞ってくれるそうなので大人しく食卓で待っていることにした。
アントーニョは長袖を肘までたくし上げてシンクに立ち、ギルベルトは手も洗わずに芋を掴み上げて騒ぎ、フランシスは髪の毛をまとめてエプロンまでして冷蔵庫を漁っていた。
この三人をまとめてみていると、協調性という言葉の意味がだんだん分からなくなってくる。
どうやら何を作るかでもめているようだった。
隣で小さくなっている菊が、「カタツムリだけは…」と首を振り続け生気を失っている。


「ムール貝持ってきたし、米あるし、パエリアな!」
「いやいや、ここは子羊の香草ハーフ仕立て赤ワインソースの」
「おめーんとこの料理名前なげーんだよ覚えられねーよ。そこらのスーパーに子羊とか香草とか売ってんのかよ」
「だからパエリアでいい言うたやん!いいかげん決めー!」
「此処は黙ってシュバイネハクセだろ?」
「お前は黙ってパンケーキやいてろ」


先が見えないので腹が立ってきた。冷蔵庫を開閉する音と誰かが(分かるけど)箸をバチ代わりにして遊んでいる音と水洗いしている音が混ざってきたので、止めに行こうと台所へ向かった。
「おっ!!」嬉しそうに近寄ってきた菜ばしを持ったギルベルトを無視して低く言う。

「お願いだから温和にやって。喜劇じゃなくてごはんを作って」

返ってきた返事は恐怖に満ち満ちていた。






「だーぁら芋入れろッつっただろ!おめーのぐちゃぐチャーハンには芋が足りねぇんだっての!」
「ぐちゃぐチャーハンって何やねん!そっちこそでんぷん摂取しすぎやう、うわ芋入れんのやめ!」
「じゃあお兄さんそんな気品の無いごはんにワインかけてしまおうかな、アッハッハッハッハ」


会話からはいいかげんな内容しか聞こえてこない。西洋文化をあまり知らない私と菊のために料理を作る、という目的を遥かな位置へと投げ捨てた結果三人は仲良く迷路に入り込んだ。それさえ気付いてない。
私の横に座る菊はもう悟った目をしてテレビを見遣っていたが、私はそんな彼が逆に怖かった。

食器がぶつかる音も、食べ物を炒める音も、ワインの香りも、全部が恐ろしい。
低迷した混沌の生成物を果たして私達の胃が受け入れてくれるか、怪しい。

大きなお皿を持って笑顔で台所から来たフランシスは、やけくそのような顔で私の前にそれを差し出した。
崩れかけたジャガイモにまみれたお米と大きな貝が散乱したあげくにワインの香りがきつすぎる。西洋文化は知らないと始めのほうに言ったが、これは誰だって分かる。
美味しくない。


「お兄さん、頑張ったよ」
「フランシスさん、棒読みですよ」
「親分は軸になって頑張ろ思たんやけど、隣から液体やら芋やらぼっかぼか入れられてな…」
「あんたは何も悪くないよ」
「3人の文化が合わさってていいだろ?うまそうじゃねえか!」
「あんたは眼科に行ったほうがいいよ」


きちんと三人分フォロー(だいぶ違うけど)してからもう1回不思議な料理に向き直る。スプーンを握ってつばを飲んだが、どうにも口の中が乾いて仕方が無い。
菊は何かを失った笑顔でそれを食べようとしていた。

「たんと食べや!」
「うん…………」

どうにも進まない手をどうにか動かしてなぞの生成物を掬う。明日腹痛に見舞われないことを切に祈りながらおそるおそる口に含んだ。案の定、どこぞの料理下手な奴と肩を並べられる程度の能力。

3人が3品作ればよかったのではと言いたかったが、ふいに彼らのほうを向いて、全部食べようと思った。
フランシスもアントーニョもギルベルトも、みんな笑顔で料理を食べる私の顔を見ていたから。
悪気があってやったわけでもないしむしろ、私と菊のことを思って作ってくれた料理をまずいと言って残していいとは思えなくなった。
汁気と崩れたジャガイモを口の中で混ぜながら噛み潰し、飲み込む。喉に残る感触が何とも生々しかったが、3人の思惑を考えてみれば我慢はたやすい。…はず。


「うめえか!?」
「…………………う、うん」
「よかったー」
「……………………」
「じゃあ、」

油の足りないロボットのように首を回して3人のほうを見ると、3人が3人皆同じ格好をしながら同じ言葉を叫んだ。


の胃袋もハートもゲットだぜ!」
の胃袋もハートもゲットだな!」
の胃袋もハートもゲットやな!」


その後の3人は手が出る脚が出る。3人で来たくせに最悪の仲を見せ付けられた。


食事がぐちゃぐちゃで美味しくなかったのも分かる気がする。



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