ドアを開けたら素敵な眼鏡が壁に寄りかかって優雅にモーニングコーヒーを啜っていらっしゃった。


その一瞬の『扉の向こうの出会い〜ときめきと共に〜』をもう一度味わいたくて、無言でドアを閉めた。閉まったドアの前で深呼吸をしてもう一度ドアを開けると、素敵な眼鏡が壁に寄りかかって優雅にモーニングコーヒーを啜っていらっしゃった。よしもう一度、ドアを閉めて深呼吸してドアーオープ「何してるんだ」うああドアノブを向こう側から引かれてときめきの出会いを阻まれる。少し残念だったが実物が動いてこちらに向かってきたのです!おはよう、と挨拶してから用件を申すことにした。


「いいシーンは何度も味わいたいというのが人間でしょう」

「いいシーン?」


私が彼の顔に掛かっている眼鏡を指差すと、ルートはこれか?と人差し指で眼鏡の縁をこつりとつついた。
あああそれだけで絵になりすぎるズキュウウウン。漲ってくるものが激しい咆哮を上げて私の硬い理性を粉砕玉砕大喝采しかねない。
整髪料で整えられた金髪をわしわしぐりぐりして某動物博士みたいに扱ってあげたい衝動を必死に抑止しつつ一生懸命頷いた。


「これは、…まあ伊達眼鏡だがな。ファッションだ」

「かつてなく似合ふと思ふよ」

「そうか」

「ええとても」


今日は朝早く出勤しようと考えた私最高niceidea俺様栄誉賞受賞。コーヒーのカップをデスクに置いたルートは入り口で突っ立っていた私の腕を引いて中に入れる。
慣性で引かれた後もルートの胸を目指したが途中で逆向きに力を加えられて押される形になり、閉まったドアに背中を打ち付けた。「ふぐあ!」空気の塊を洩らす。
顔の横に手をついて、もう片方の手でスーツの胸ポケットからペンを取り出し私の顎に宛がった。ペン先を上手に親指でくいと持ち上げ、私の顔を上げる。近付いた顔はほくそ笑んでいて、入り口から誰か入ってこないか心配になる。脈拍数は眼鏡を発見したときより上回っていた。


「だ、誰か来ちゃうよ」

「そういうのが好きなんじゃないのか?」よく分かっていらっしゃる。


そんな彼は膝を私の股下に滑り込ませて巧みにスカートの裾を捲り上げる。うわあこれ女子高生並みの短さだよこんなに弾けたのはいつぶりだろうなあっでもこんなに弾けたことねーやへっへっへと混乱する脳味噌をよそに、足は進んでいく。
レンズの向こう側からは、私を見据える鋭利な青い目が見えた。

冷たい視線に、眼鏡という武器に、ここが仕事場だという事を忘れさせられそうになる。上手く視線を逸らせないで居ると、彼のすらっとした鼻の先端が頬を滑った。
ぞわわと逆立つ産毛、同時に抜け落ちてしまいそうだ。


「る、ルート!だめ」

「大丈夫だ」

「何が!」

「今日は眼鏡がついてる」

うわあ調子こいてるこの人。


生真面目だったはずのルート君はたったいまその仮面を投げ捨てました。理不尽な理屈で私を流そうとしています!助けてー!
なんて救難信号は誰一人受け取ってくれなくて「」うわあああ眼鏡と唇がえろい程接近してきて今乙女のロマンスが素敵に花開こうとしている仕事場でこんな、こんな!!


駄目よここには監視カメラがある大丈夫既にダミー画像が走ってるそーれはなんーて、ロ・ボ・ア・ニ「ぎゃああああああ!」


肘がドアノブを押しやって開く。壁に体重をかけていた私は面白いほどにバランスを崩して後方向へ倒れていった。
尻を強かに打ち付けて歯を食いしばりながらルートをにらみつけると、彼は心底楽しそうな笑みを浮かべていた。悔しくて顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。



「な……な!」

「ふむ。これはいいな、効果絶大だ。毎日かけてこよう」

「やめろ!」

が仕事場でも素直になったら外してやる」


いつにも増して鬼畜っぷりが発揮されているのは私の弱みを握ったからだろうか。


「しっかり仕事するんだぞ?」








眉を上げて笑うルートの顔には今日一日、素敵な素敵な眼鏡と悔しいくらい弄ばれていることが自覚できる笑みがくっついていた。