だいぶ寒くなった。

夜はもう秋の星座で埋め尽くされている。
自己主張を強めたと息は薄く白んで、緩く闇の中へと消えていった。



(薄い長袖で出なきゃ良かったな)



身震いするほどに外界の温度は冷たかった。心なしかギルベルトの家へと向かう足取りも早まっていく。夜中に急に携帯電話が鳴って淡々と「今来い」って言って切っちゃうものだから、何かあったのかと心配して家を飛び出してきたのだ。自転車や車とかそういった交通手段もあったけれど、なんとなく自分の足で彼の家まで向かいたかったので急ぎたかったけれど歩行を選んだ。


冷たい風が頬を滑っていく。皮膚の表面は寒気にざわめいて、内側へ潜り込もうと躍起になるものだからひりひりする。
寒いとすぐに頬と鼻の先が赤くなる私を、ギルベルトは笑って撫でてくれたなぁ。などとどこぞの乙女思考に浸りきっていると、ふと向こう側から小さな影がこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。
目を細めて電灯の下を歩く影に視線を集中させると、それがだんだん誰だか分かってくる。
ぼんやりとアスファルトの一角を照らす電灯に照らされた頭髪は銀、そしてすらりと高い背。あ、と口をあけて反応すると向こう側もふと立ち止まった。
丁度電灯の明かりの範囲から外れた彼まで駆け寄って、寒さを理由に抱きついた。


「おっす


返事をする代わりに胸元にぐりぐりぐりと冷たい風に当てられた頬を擦り付けると、彼はそれに応えるように頭を撫でてくれた。
ジャケットに顔を埋めて息を吸い込むと、大分冷えた風に当たっていたようなにおいがした。
ひとしきりぐりぐりしたところでギルを見上げる。


「わりーな、こんな夜遅くに」

「いやいいけど。何かあったの?」


いーや?と至極自然に首を横に振るギルベルト。その日常生活で起こり得るような反応に思わず目を見開いた。
まさか彼は何も用が無いのにわざわざこの糞寒い夜中に女性を一人で歩かせることに踏み切ったのか。
デリカシーとかそういう問題ではない事実に溜息が漏れそうだ。「はーそっかぁよっしじゃあ帰るわおやすみー」「ちょっ!ま、待て!」

綺麗なまでに踵を返した私の腕を強く掴んで引き止めたギルベルトは慌てて抱きしめ直してきた。
顔面から勢いよく彼のジャケットへ突っ込んで、鼻がごりっとか奇妙な音を立てる。


に会いたくなったじゃ駄目かよ」

「くせえやい」

「だってちょーっと電話してみたらお前起きてるんだもんよ」

「わたしはずっとあなたからの連絡を待って居たの……」

「怖ッ!」

「嘘だスットコ馬鹿!呼んどいて用が無いとは何事か!」


ジャケットに吸い込まれないように大声を張り上げて反抗心を剥き出しにする。いとしいあなたのうでのなかでじたばたじたばた。
足踏み4回目で中心の軸がぶれてギルベルトの足先を踏みつける形となったが厭わず踵を下へ振り下ろす。
ぐぎゃぎゃぎゃぎゃと何系でもない悲鳴を上げて暴れん坊ちゃんを大人しくさせようと「ふがふがふが」苦しい。抱きしめられている腕に力を入れられた。

「悪かったって。もうこんな夜中にはしねーから」

「ほれはいは」

「は?」

なに?と腕の力を弱めて私を離し顔を近づけてくるギルベルト。私は夜中でも白昼でも会いたいと言われれば会いに行きたいのよと素直に言えないので、肺から零れる具現化できない気持ちを地団駄で表現してやった。膝を直角に曲げて足踏み始め!
アインス!ツヴァイ!アインス!ツヴァ「いだだだだだだだだ!」ぶほ。もう一度強く抱きしめなおしてきた。
夜中に男女二人が会して何をしているのだろうか、自重しきれない攻撃を続ける。大分抱擁される時間が長かったのか、鼻がギルベルトのにおいに慣れてきた。


「なんなのお前」

「それは嫌、って言ったの」

「は!?天邪鬼かよコノヤロー!じゃーどうすりゃいいんだ俺は?」

「キスしてよ」

「はん!そんなん余裕だってーの…、…………は!?」


腹の底から発せられた疑問符を頭から噴射して私に投擲してくる。
離れた身体に冷気が纏わりついてきて寒かった。吹き付ける風に思わず身震いすると、ギルベルトはジャケットを脱いで私に「はおっとけ」と親切をプレゼントしてくれた。
肩幅も丈も違うけど、彼の物なので嬉しかった。
それと同時に微妙にお茶を濁されたような気分になったので、ねえキスは?とねだってみたらギルベルトは焦ったように鼻をすすった。
「馬鹿、ねだるんじゃねーよ」ぎゅっぎゅっと襟元から冷気が侵入してこないように閉めてくれるギルベルトの無骨な手。なんだか妙に面倒見のいい彼ににへらと笑うと、
釣りあがった唇に柔らかい唇の感触が乗っかった。冷える外界と間逆で、温かい。

ちゅ、と触れるように啄ばんだ後、食べるようにして深く喰らい付いて来る。激しさに飲み込まれそうになりながら、ギルベルトのジャケットの裾を掴んで耐えた。
何度も角度を変えて、貪る。冷えた頬を覆った大きな掌がえらく温かい。
もう一度、触れるだけのキスをして顔を離すと、彼は笑って私の手を引いた。


「最後のやつ、いいな。もっかいしてくれよ」

「ん、………」


音を立てて頬にキスをしてやる。嬉しそうにはにかみながら歩き出した彼のあとにさかさかとついて行く。
冷えてしまった手に大きな温かい手が絡んできた。



「このまま少し、散歩でもしてくか」


「うん」