新しい感覚。

中へ入れてみればじわりと自分に熱がまとわりついて、思わずぞくりと背中を震わせた。
ゆっくりと侵入して体制を整え、横になると心地良さが身体全体に広がる。
随分使われてきたようですんなりと身体になじむ感触だ。撫で回したくなる触りごごちのよさがなんとも。



「ふむ…コタツというものは抜け出せなくなるな」
「その思わせぶりな文体を修正すれば反応してやらないこともないけど」
「誰が童貞だって?」
「いつの話よ」

こたつは癖になる。箱みたいな机だと最初は奇怪だったが、いざ身体を突っ込んでみると激しい中毒性に襲われることが分かった。
箱に布なんてかけてたら、足元が見えなくての足ごと踏ん付けてしまうのではないかと危惧もした。ところが箱の中は平面だったので足を踏ん付ける心配は無かった。蹴飛ばされることは多々あるけれど。


台所で夕飯の支度を終えたがエプロンを外してこちらに近付いてくるのを足音で確認する。

かかとからぺたりとペンギンが足を地に着ける様な歩き方をする彼女の足音は独特で、目を瞑っていたってすぐ分かる。つけっぱなしのテレビは年越しの特別な枠組みらしく、いろんな人がいろんな芸をやっているのが見えた。
俺の前にしゃがみこんだ は「今日はのっぺでーす」と笑う。「ノッペとはなんだ」と聞くが、それは食べてからのお楽しみですと内緒にされてしまった。

俺の後ろのほうに座ってこたつに入り込んできた小さな冷たい足が俺の裸足に冷気を送り込む。思わず擦り合わせて肩を竦めると、面白かったのか逃げる足を追いかけてきた。

「つめ…っ、何をするんだ」
「へへっ、おもしろい」

逃げた挙句足は温かさの不十分な端っこに追いやられてしまった。隙を見たがするりと入り込んで温かいところを占拠する。こいつはこたつになれているものだから、少々悔しい。
仕返しに背中を反らせて足を戻し脛を攻撃してみる。「あだ!」かかとがクリティカルヒットしたみたいで今度はがこたつの端へと追いやられた。


「痛いよ!なにするの」
「お前もやったろう」
「デカい足でやると同じ力加減でも威力が違うでしょ!」
「痛い!」
「ざまあみろ!さあどくのよ私の場所を返しなさい」
「拒否する」
「拒否したわね、いいのねそう言うことして。いいわよそしたら実力行使だもん」


そう言うなりはこたつに潜り込んだ。この小さな箱の中に入れてしまえるの体はさすが菊のいもう「った!った!」尻を数回にわたって叩かれる。やるのは好きだがやられるのは心底腹が立つ性質なので、羞恥に駆られて死んでしまいそうだった。こたつの中から無邪気な笑い声が聞こえる。
悔しくなってのほうに身体を向けると、危険を察知したのか猫のようにするりとこたつから出てきた。向こう側にはみ出してしまいそうな足での太腿を挟み込み、押さえる。動けなくなったが口をあけて、俺はしてやったりとにやついてしまった。

「はなっ、離してよ!」
「離さん」
「くっ、この、馬鹿力…、」

テレビのリモコンに手を伸ばした。投擲するつもりだがそうはいかんと手の甲で弾き飛ばして遠ざける。角が直撃して骨が痛むが、が残念そうに「あー!」と叫んでいるのでよしとしよう。だがそんな満足に浸っていたら が机の上のみかんを丸ごと投げつけてきた。オレンジ色が目いっぱいに広がって、こめかみにやわらかくぶつかり転げ落ちる。「こら…っ、食べ物を投げるな!」「隙あり!」

大きな声を出してするりと力の抜けた俺の足の隙間から片足を引き抜いたは、その足に助走をつけて再びこたつへ突っ込む。
「ぐあ!!」
下半身に盛大な違和感、痛覚を飛び越えて視界が白んだ。バランスを崩して顔からこたつの布に突っ込む。
何も股を蹴らなくてもいいだろう、と怒ってやりたかったがダメージが大きすぎて口をぱくぱくさせることしかできなかった。


「ちん…股を蹴るな股を!」
「ちょっと失敗した…脛蹴るはずだったのに……ちょっと失敗した…」
「謝れ」
「ちょっと失敗した……ふ、ふにゅってした……」
「……………………」

誰がそこまで感想を述べろと言ったんだ。


は(大変腹立たしいが)先刻の自分の攻撃の反動を受けて大人しくなった。次の動作に移ることが無いと見えたので足を退けてみかんを机に置きなおす。テレビでは男が芸人に対して毒を吐いているのが見えた。
「さむい」
「俺も寒い」
「どいて!」
「嫌だ」
「ルートが入ってたらデカすぎて私が入らないの」
「いい方法があるだろう」

ちょいちょいと手招きをすると、渋々がコタツから這い出て四つんばいのまま俺のほうへ寄ってくる。
俺の顔を覗き込もうとしたの腕を掴み上げてバランスを崩し、顔から落ちてきたのを胸で受け止める。
は慌てた顔をして見上げてくるが、にっと笑ってやると悔しそうに眉を寄せて大人しく腕の中に納まった。
身体を端に寄せてスペースを作ってやり、こたつのなかへ入れてやる。後ろから抱きしめるようにして密着した身体は、こたつの相乗効果でさらに温かさを増したようにも思えた。

髪の毛に差し込んだ鼻で大きく息を吸い込むと、シャンプーの下のの匂いが肺一杯に入り込んでくる。

「温かいな」
「恥ずかしい」
「股を蹴られるよりはましだ」
「……あれはミスなの、間違いなの」

唇を尖らせるようにそう呟く。後ろからなので表情は窺えなかったものの、声調ですぐにわかった。
可愛らしいその姿に、頭にキスを落とすとの強張った肩の力も徐々に抜けてくる。テレビに目をやりながら、を抱きしめる腕の力を強めた。

「年も明けるな…」
「そうだね」
「今年もいろいろあったな」
「うん」




まだ今年の余韻に浸っている俺と。お笑い番組が軽快なスタッフロールと共に終了して、合間の小さなニュースが流れてきた頃の腹が鳴って、二人で顔を見合わせる。真っ赤な顔に噴出しながら、「今夜のノッペが楽しみだな」と呟いた。