すみません、と声をかけられた。



遠くなっていた意識と目玉を呼び戻すと、目の前には若い男の人が立っていた。片手には地図を持っていて、困ったようにそれを指差される。
道を尋ねたいのだ。一緒に地図を覗き込んで、ああ、ここでしたら、と道順を丁寧に教えると、男の人は嬉しそうにへこりと頭を下げながらその方向へ歩いていった。


やっぱり良い事をした後の気分はそう悪くない。ふっと笑みが零れる。






「………………………………………………なによ」
「…………………………………………………………………………」

いつから横に居たの、なんてそんな愚問はしない。どうせ道順を教えていたあたりから一部始終を覗いていたのだろうから。



「何してるんだ」「それはこっちの台詞よ」「そうじゃない、俺と言うものがありながら今の事態はどう説明するんだ!」
「はぁ!?あんた一回渡らなくてもいいから三途の川スキューバダイビングして来い」



ぷうと頬を膨らませるオセロット。いい歳こいて何してるんだこの人。



「道を教えてあげてただけでしょ!」
「仲睦まじかった」
「社交辞令でしょ!」
「あっちの方なんか顔赤かった」
「太陽の所為さ!ギンギラギンに照り付けるアイツにはちょっと困っちゃうよね!」
「何でお前もあんな風に笑ってたんだ」


あーもうどうやったらそんな風に見えるの!彼の脳味噌には特殊なフィルターが幾重にも設置されて居る様だ。
しかも常人では到底理解し難い、ありえないほどの嫉妬心満載な女々しいフィルター。
ふうと一つため息を零して横目でオセロットを見遣ると、がっちんと合った視線。一睨みしてぷいと逸らすオセロット。
ああ子供っぽいと思いながら、私は彼に向き直った。



「そんなに怒らなくてもいいじゃん。わたしはオセロットだけのものなんだから」


普段言わないような言葉に、オセロットは目を見開いて驚く素振りを見せる。頭皮がむず痒くなってきたのを我慢して笑ってみる。
あ、だめだ、今きっと私顔引きつってるかもしれない。こういう言葉や表情は少し苦手だからだ。

人がたくさん見てるんだからこんなところで公に恥ずかしい嫉妬するんじゃねーですぅこのガキンチョが。と罵りたかったけど、それがまた余計にすねる原因になり兼ねないので無言に勤しんだ。



さっきからちらちらと視線をこちらに向けてくるオセロット。もしかして先程の言葉が意外にも効いたのだろうか。
これから私がするアクションに期待を寄せつつも、相手にそれを見破られまいとする態度だ。ばればれだけどー。


「よし!じゃあ映画行こうか!」←切り替えは早いよ。
「なっ、俺はまだ怒ってるんだぞ!」←拍子抜け。
「はいはいごめんねちゅー」←口だけ。オセロット激怒。
「やだ!そんな誤り方じゃ許さない!」←お前はどこぞの我侭娘か。

ぺいーんと私の手を振り払ってぷりぷり怒るオセロット。一度こうなったら手がつけられないので、一瞬で機嫌の直るお呪いでもしてあげよう。
履いてきたヒールでも届かないので、少しだけ背伸びして彼の頬を目指す。唇をやっつけのように押し付けて、驚いた顔に「早く行こう?」何気ない言葉。
薄っすらと顔を赤く染めたオセロットは、「………わかった…」と足を踏み出す。ああやっぱり子供だ。

半歩後ろの歩く私の手を引っ張って、誘導してくれるオセロット。何だかんだ言って男の子なところは男の子なのだ。感心。

「今日観る映画の俳優さん、かっこいいよね」と何気ない話題を切り出したら、いきなり歩行していた足がアスファルトに定着する。
いきなりの事に止まり方を忘れた神経はそのまま身体を前に進行させて「ぶへ」衝突した。綺麗に鼻をぶつけた。


何だよいきなり止まるなよ、といぶかしい目つきで耳を見ていると、不機嫌そうな顔がリターンズしていた。




「俺とその俳優、どっちが好きなんだ!」