あ。あ。うっすら私の視界にルートヴィッヒが、いる。
なにかを喋るように口だけがぱくぱくと動いて見えるけど、聴覚がまだはっきりしていないから聞き取ることが出来ない。それともこれは単なる夢で、このルートヴィッヒは偶像かもしれないので一応、触ってみることにした。
あ。れ。腕がいう事聞かない。
重い腕を動かそうにも思うように脳味噌が信号を送ってくれないことからしてこれは夢なのだと認識する。
「……い、」声が聞こえた。いよいよ夢もリアリティを求める時代に「おーい」なってき「起きろ!」
「…………………あ」
「何回起きろと言わせれば気がすむんだ、お前は」
「……ん……………おはよう」
「よく眠れたか?」
「寝かせてくれなかったじゃん、昨日」
「…………そういう誤解を招く言い方はやめろ」
むふーと鼻息を吐いて返事の代わりにリアクションを取ると、ルートヴィッヒは呆れたような照れたような顔をしたまま私の額を撫でた。無骨な広い掌が円を描くように優しく滑っていく。心地良い。
「起きるのが辛いなら目覚まし時計を使え」
「やだ。あのけたたましい音で起きるのは嫌い」
手渡された目覚まし時計をぽいとベッドのすみっこに放り投げて、それが私にとって役に立つものではないと認識させる。ルートヴィッヒは理解できないとでも言うように顔を歪めてベッドの隅に投げられた時計を見ていた。
こちらに目を向けられたので、これ以上言及されないようにぷいとそっぽを向く。溜息が聞こえてきて、そのあとは額に置かれた手が強めに私を穿つ。「いったい!」乾いた悲鳴を上げて額を押さえる。鈍痛が額を占領しだした頃にはもうルートヴィッヒはベッドから出ていて、筋肉隆々の身体にワイシャツを羽織っていた。
恨めしい目付きでルートヴィッヒを睨む。が、そんな視線にさえ気付かない彼は颯爽と仕事に出かける準備をしていた。朝ごはんできてるのか。
「まったく、子供じゃないんだぞ。自分で起きろ」
「やーーーーーだ。」
「子供ぶるな」
「子供だもん」
「いい年こいて」
「ルートだって」
意地っ張りが張り合うときりがない。私は布団の中に顔を埋めて逃げ隠れ、「ルートのばか。むきむき。」と罵倒した。それを聞きつけた地獄耳マッチョは勢い良く私の被った布団をはぐって詰め寄ってくる。
寒い風が入ってきて高い悲鳴をあげルートヴィッヒの手から布団を奪い返そうと試みるが、寒くて抵抗力さえ失われてしまったのでその場で丸まって熱を確保した。
ちらりとルートヴィッヒを盗み見ると、怒ったような顔。いつもそうだけど、怒るときはもっとむっつりになるのだ。
「じゃあ分かった。俺がお前を毎朝起こしてやる。優しくな。そしたらお前は一日一回、俺にキスしろ」
「…………………最後の要求がルートらしくない」
「何だ。一日一回で毎日優しい目覚まし時計が手に入るんだぞ?安い話じゃないか」
ルートヴィッヒは意地悪く笑った。
私は余計縮こまった。
「ただし何回言っても起きなかったら、目覚まし時計は激化するぞ」
「え」
どういう事、と尋ねるよりも早く、ルートヴィッヒの唇が私の唇を奪う。間髪いれず侵入してきた舌が私の舌を絡め取り、吸う。驚愕に目を見開けば、挑発しているかのようなルートヴィッヒの目と視線がぶつかった。
甘美な水音と熱に浮かされて脊髄が歓喜に震えると、びりびりと身体が麻痺してくる。「ふ……、っあ」息苦しくなって声を上げた瞬間、唇を離されて銀糸を紡いだ。
恥ずかしさに顔が熱くなっていくのが自分でも分かる。口元を押さえて見えないように零れかけた唾液をすすり、ルートヴィッヒを睨む。得意そうな笑みを浮かべた彼は本当にサディストだ。
枕を鷲掴みにして投擲するが、あっさりと交わされてむなしく床に落ちていく。もう傍に投げられるものが無い。
「今起きなかったのだと、こんな感じだな」
「…………スケベ」
「どっちが」
「…………じゃあもっと起きなかったら、どうするの」
「これよりもっと過激な実力行使に出る」
「…………変態」
「お前が言うな」
それが嫌だったら毎日きちんと俺の一言で起きることだな、と頭を撫でられる。
納得行かずに頬を膨らませたままの私にもう一度触れるようなキスを落とし、前髪をかきあげながら寝室を後にしたルートヴィッヒ。静かになった寝室のベッドの上で一人、悔しさと恥ずかしさに悶え苦しんだ。
「おっと」再び思い出したように戻ってきたルートヴィッヒが、頬を指差して言った。
「起こしてやったんだから一日一回、キスだぞ。分かってるな?」
これはもしかして、普通の目覚まし時計より癖があるかもしれない。
091220