持って行かれた。







右腕や左足を失った兄さんよりも、全身を扉の向こうに持っていかれた弟さんよりも、もっと辛くて苦しいものを盗まれた。


軋む心臓を握り締め、惰性に覆われた日常を嫌悪し。


収縮される気持ちを胸に、明日もまた彼を待つ。










事の発端は一ヶ月前。




私がソコロフの監禁されている廃墟の見張りをさせられていた晴れの日。オセロット少佐が直々に出て行って誰かと会話しているのが窺えた。

部隊の招集がかかるまで表に出られない私は、藪の中からこっそりとその様子を盗み見た。



オセロット少佐と対峙しているのはがたいの良い男の人。少佐負けるんじゃないかなぁと考えている間に猫真似での召集がかかる。私はその召集を無視して、一人此処に残って彼を見ようと試みた。
隣に居る隊員達は夢中でオセロット少佐に駆けて行く。私の事は目に入っていないようだ、なんか悔しい負けた気がする。

山猫部隊が男に攻撃を仕掛けていくのを、彼は容易にかわしていく。近接戦闘術にはとても長けているようだ。私があそこに行ってたら骨の一本や二本はご愛嬌だったかもしれない。
銃を握り締めて、私はその光景を目に焼き付けていた。





オセロット少佐までもが地に伏せて、動かなくなった今。部隊の全員が気絶していることを確かめた彼は、何者かに無線を入れていた。

銃を構えて藪から飛び出る。草と草が擦れる音に無線を唐突に切って私のほうへ視線を遣る。私が銃を握って彼の頭を狙うと、肩元にあるナイフを取り出そうとする手が止まった。
ゆっくりと近付き、顔を拝む。髭の濃い人だなぁと戦場に向かない思考をめぐらせた。
狙いから銃を外して、「誰?」と尋ねた。彼は拍子抜けした顔で「敵だって事ぐらい分かるだろ」と返してきた。
私が当たり前のように頷くと、やれやれと首を横に振って立ち上がる。背を向けて歩き出した。


「ちょっ、ちょっと!」

「なんだ」

呆れた声。空気の読めない兵士だとでも思っているのだろうか。

「アメリカの?」

「そうだ」

「名前は?」
きゃんびーあらいぶうぃざうとゆー
持って行かれた。







右腕や左足を失った兄さんよりも、全身を扉の向こうに持っていかれた弟さんよりも、もっと辛くて苦しいものを盗まれた。


軋む心臓を握り締め、惰性に覆われた日常を嫌悪し。


収縮される気持ちを胸に、明日もまた彼を待つ。










事の発端は一ヶ月前。




私がソコロフの監禁されている廃墟の見張りをさせられていた晴れの日。オセロット少佐が直々に出て行って誰かと会話しているのが窺えた。

部隊の招集がかかるまで表に出られない私は、藪の中からこっそりとその様子を盗み見た。



オセロット少佐と対峙しているのはがたいの良い男の人。少佐負けるんじゃないかなぁと考えている間に猫真似での召集がかかる。私はその召集を無視して、一人此処に残って彼を見ようと試みた。
隣に居る隊員達は夢中でオセロット少佐に駆けて行く。私の事は目に入っていないようだ、なんか悔しい負けた気がする。

山猫部隊が男に攻撃を仕掛けていくのを、彼は容易にかわしていく。近接戦闘術にはとても長けているようだ。私があそこに行ってたら骨の一本や二本はご愛嬌だったかもしれない。
銃を握り締めて、私はその光景を目に焼き付けていた。





オセロット少佐までもが地に伏せて、動かなくなった今。部隊の全員が気絶していることを確かめた彼は、何者かに無線を入れていた。

銃を構えて藪から飛び出る。草と草が擦れる音に無線を唐突に切って私のほうへ視線を遣る。私が銃を握って彼の頭を狙うと、肩元にあるナイフを取り出そうとする手が止まった。
ゆっくりと近付き、顔を拝む。髭の濃い人だなぁと戦場に向かない思考をめぐらせた。
狙いから銃を外して、「誰?」と尋ねた。彼は拍子抜けした顔で「敵だって事ぐらい分かるだろ」と返してきた。
私が当たり前のように頷くと、やれやれと首を横に振って立ち上がる。背を向けて歩き出した。


「ちょっ、ちょっと!」

「なんだ」

呆れた声。空気の読めない兵士だとでも思っているのだろうか。

「アメリカの?」

「そうだ」

「名前は?」


名前を知らない彼は振り返って、少し困ったように目を細めた。「こんなもの聞いてもお前の利益にはならない」冷静な声でそう呟く。
「だから、」言い放ってまた歩き出そうとする彼を、私が止めようとして一歩踏み出す。「おい!」え、?
踏み出した刹那、聞こえる縄の切れた音。風を切る罠の数々が、私の方へ向いていた。反射的に出た腕は私の頭部しか覆うことができずに後の部位はすべて捨て身となる。

大きな腕に包まれて、ぐらり地面へ倒れこむ感覚。目を瞑って視界を閉ざしていた私の三半規管がそれを捉えた。ざりざりと砂の感触。口の中に砂利が入り込んだようだ。
苦い土の味と、舌をかんだ際に滲んだ血の味がじんわりと口いっぱいに広がった頃、私はゆっくりと目を開けて目の前の彼を見た。



「ったく…自分の見張ってるところぐらい、罠の把握もしておけ」



彼を追いかけるのに夢中で、罠があったことさえ忘れていた。それを敵である彼に守られるとは。少し恥ずかしくなって、帽子を目深にかぶり直して起き上がる。
「なんで助けたの?」見殺しにすればよかったのに。そう言うと、彼は渋い顔をして「無駄な殺生は嫌いだ」と声を揺るがせた。
「…名前は?」再びそう尋ねる。起き上がった彼に怪我は無く、また呆れた表情で「だからなんの利益にもならないと言ってるだろ」と返すだけ。
負けじと声を張り上げる。




「利益にならないから、どうって事ないから、聞いてるの」

「……名前を尋ねるときは、自分から名乗ってから聞くんだ」

「わ、わたし 。あ……あなたは?」




ふ、と笑った彼は肩元のナイフを抜き取った。力強く握られたナイフは宙を薙いで、油断していた、やられる!そう思って銃を向けようとすると、そのナイフは私ではなく私の後ろの大きな蛇へと突き刺さる。
唖然とした顔をしているだろう。口が開いているのを今自覚した。ナイフを頭に突き刺された蛇は既にぐったりと身体を直線に伸ばしている。ぞっとした。
ぴっと蛇をナイフから外すと、「手を出せ」低い咄嗟な声に、「う、あっ、は」と突発的な返事。ばっと両手を差し出すと、べしゃりと蛇を置かれた。ぞっとした。というか、びゃっとなった。


思わず蛇を放ると、彼はくすりと笑って私の頭をぽんぽんと撫でる。拾いなおして私の手にしっかりと握らせると、「それが答えだ」と優しく囁いて去っていった。





去っていく後姿を眺めながら、ざらついた口をごしっと擦り取る。


「……………………スネー、ク………」



うわごとのように呟いて、空を仰いだ。





*







あの出来事があってから上の空だ。仕事もうまくは行っていないし、オセロット少佐には怒られ続ける始末。反省もしていないし、もとから聞いてなんか居ないけれど。


ああ、苦しい。

ああ、愛しい。

忘れられないあの笑顔。
私は山猫部隊だと言うのに、敵である彼に想いを寄せてしまうなんて。



「聞いてるのか !」

「……大変なものを持っていかれました……」

「は?」



私は今日も上の空。彼が来るのを待っている。