浴槽というのは大浴場とでも呼ばれない限り複数ではいるものではないんじゃないだろうかと思った、そう、本田の家のように。

確かに遥か昔ここらへんでも大浴場と呼ばれるものがあって人々はそこで身体を「ルート?」歴史と意識を遡る作業を中断された。

必死に自らの意識をくだらない思考で脱線させようと思っているのに、俺の前に座る小さなが定期的に呼び戻そうとしてくる。
本人は無自覚でやっているようだったが俺からすれば迷惑極まりない。

「きいてる?」
「あ、ああ、ああ」
「聞いてないのね…もうのぼせたの?」

無邪気に笑いながら振り向いて笑いかけてくる。肩を揺らすと水面も揺れてちゃぷちゃぷと音を立てた。
首を横に振って問いに答えるのが必死で、口からは何も言葉が出てこない。
はタオルを湯船に浮かべて「クラゲー」と子供のように遊び始めている。


そう今現在俺は「りせいのぼうぎょりょく2」「ほんのうのこうげきりょく3おく8せん」「おふろばというよくしりょく2おく」というステータスを掲げつつと一緒に風呂に入っている。
抑止力の2億という数値がどれほどまでに信憑性が高いかは自分の脈拍数を感じれば簡単に分かる。


説明が遅すぎたがこれもすべて理性をしっかりと保つための時間稼ぎであると主張したい。
換気扇を切ったために浴室中にさまよう湯気が器官にへばりつき、息苦しくて余計に判断力が衰えそうだ。

ここまで事を引っ張ってきたはいいが、否が応でも視界に入る綺麗なうなじや白い肌、流れるような線を描く背中が愛しすぎてそろそ
マイ・ビーストが咆哮を上げて覚醒してしまうのではないかと危惧している。
浴室にひびく声も水音も視界に入る可愛い生き物もみんなこぞって俺の理性をぶち壊そうとするので何か話題「そういえばさー」


うわあああああ喋ったああああああ。


「二人でお風呂はいるのって初めてだね」
「そ、そうだな」
初めてのチュウよりも不健全で不純だ。
「ど…ドキドキしてる?」

は少し恥ずかしそうに俯きながら、小声で尋ねてきた。
自分の呼吸が止まってとりあえず血液がぎゅんと速度を上げて体中を巡回し何か面白いものを生産している。
風呂のお湯がぬるく思えるくらいに自分の身体が熱くなっていることに最初は気付かなかった。


「ど、怒気土器…して、」
ないわけないというかドキドキどころか心臓がブチブチいっているんだが。
「なんかちょっとドキの意味違うよ…そ、そんなに照れないでよ!私だって恥ずかしいんだよ!」


いつもより口数が少なくなったことに対してすぐに状況を察知してくれたことは配慮のある性格故だとは思うが今そういうところは裏目に出る以外効果を発揮しない。動揺に動揺を塗り重ねてその言葉に頷き、もぞもぞと距離を測るように浴槽の側面にぴったりと背中をつけた。ぱしゃりと行き場を失って縁にぶつかったお湯の音だけが浴室に響く。
換気扇をかけておけば湿気と熱さに負けて唇が動かなくなったり思考が停止したりすることはなかっただろうと今更後悔した。

「す、す、すまん、」

もむっつりと口を噤んでしまったので、本当に静かになる。
お互いの呼吸音だけが耳に届く。
お湯がぬるいのと、入浴しているにもかかわらず唇の異様な乾燥を被りながら必死に理性を引き止めた。

「…………今日の…今日の会議どうだったの?」
「あ……ああ、まあなんだ…その…今日は話し合いがスムーズだったから良かった」
「フェリシアーノは大人しかったんだ?」
「ああ。大人しかった。所謂寝ていたというやつだがな」

あはは、と笑ったの声に幾分か正気を取り戻して来れた。肩に入っていた異様なまでの力が緩む。
このまま真面目な話をしていればそれとなく時間が過ぎてお風呂という生き地獄から脱出できるだろうと踏んだので、今日あった事をつらつらと喋ろうと試みる。

「それで叩き起こしてやったんだが会議前にした雑談の内容しか覚えていなかった。いい機会だったからたたせて怒鳴りながら会議を進めた」

「うわー、結局スムーズというかごり押しなわけだね」
「怒鳴りながら話を進めていたらフランシスに優しくたしなめられ、それからアーサーがフランシスの言葉にツバを吐いた」
「いつもどおりじゃない?」
「喧嘩が始まってアルフレッドが別の議題でリーダーになることを俺に持ちかけ、本田は『いいですもう、どうでも』と諦めた」
「イヴァンは?」
「笑っていた。とりあえず本田以外はまとめて縛り上げて話を聞かせた。スムーズなのはそれのせいだな」


苦笑いする。よし、もう普通どおりの雰囲気を修復し終えただろう、と胸を撫で下ろした。
いいタイミングなので上がってしまおうとにぶつからないように立ち上がると、が頭を上げてさかさまに俺を見上げた。
「もう上がっちゃうの?」
「仕事があるからな」

足を上げて浴槽から片足を出すと、すくっと立ったが俺より先に浴槽から出て腕を掴んできた。
安定したと思った意識が再び変に揺らいできてしまう。の顔を見ると、俺の驚いた顔に自分の意思を一瞬見失ったように同様した。瞳が揺れる。どういうことなのか、と口を開こうと思った瞬間、が大きな声で言った。


「身体あらってないでしょ!…洗ってあげるから早く座って?」


最初からそのつもりだったとその時初めて気付いた。
ドキドキの最上級とは一体どう表現したらいいものか。





110130
実にすみません