「綺麗好きだねえ」と呟くと「わかりきったことを」と呆れた眉の寄せ方をしながら黙ってルートヴィッヒは掃除を続けた。



結構な頻度で掃除されるルートヴィッヒの家は常にフローリングの隅から隅まで、棚の隅から隅までがつやつやと綺麗だ。
そのせいなのか今窓が開いているのが原因なのかはあまりよくわからないけど、空気が気持ちいい。


「兄さんと同じでものぐさだな」
「失礼な…炊事洗濯はできるんですけど!」
「料理、あまりしてる姿を見ないぞ」
「”台所が汚れる”って言って神経を尖らされてちゃしようにもできないって」


綺麗すぎて気持ち悪いくらいすっきりした台所を嫌悪たっぷりの目で眺める。
ルートは自分のしたことは間違ってはいませんとでも言うようにその言葉に耳を貸さない。

ちょっとムカついたのでフローリング用のワックスを「ぶしゅわー!」と霧吹きで3発ほどぶちまける。ルートは綺麗な音を立てて私の頭をひっぱたき、いそいそと雑巾でばら撒かれたワックスを拭いた。
邪魔するんじゃない、と犬に言い聞かせるような口調のルートヴィッヒ。


「まったく…女になった兄さんを相手にしてる気分だ」
「年中ホットケーキと一緒にしないでよ!」
「行動が子供っぽいんだ!すこしじっとしてろ」
「むうん」


父親にやることを咎められた気分になった。どうして住まいが同じでも血縁関係のない人間にこんな感情を抱かなければならない
のか。
掃除大好きとでも言わんばかりに(まあ実際大好きなんだけど)フローリングの溝までも綺麗に拭いていく指使いを見て、
雑巾になりたいと少し思ったのは秘密にしておこう。


窓から入ってくる風が最近ちょっとだけ切った髪の毛からひょこりと覗く耳たぶの上を駆けた。
心地良いと、とろんと降りてくる瞼。狭まった視界には相変わらずせっせと床を磨く灰かぶり…ではなく、ムキムキの男の人。


ふと、ちょっとした邪心が心に芽生える。


今一生懸命に掃除に専念している彼を邪魔したらどうなるのか。
円運動をする腕に足を絡ませてみるのもいい、雑巾の端をちょんと踏みつけて動けないようにしてみるのもいい。
とにかくこの男の気を引いてしかめっ面させてやりたいのだと、一人で邪魔した時のことを考えていたら、自然と顔の筋肉がつうっと
つり上がってしまった。

背を向けるルートヴィッヒにたくらみの顔は見えておらずひとまず安心し、そうっと行動を開始する。


四つんばいになった広く逞しい背中に音もなく跨り、しがみつく。
まとめあげられた髪の毛に頬擦りする形になってしまったが気にせず「むふふふ」猿の赤ちゃん状態。
ルートヴィッヒはびっくりしつつも力があるので私をしっかりと受け止め、よろけた体勢を持ち直した。

「何してるんだ!」床を向いたまま怒るルートヴィッヒ。
「いいじゃん掃除できるじゃん?」
「仮にもいい大人なんだからもう少し行動をわきまえろ!」
「たかが掃除の邪魔くらいでそんなに怒らないでよ」


なだめるようにしがみついてまわした手でぽんぽんと脇腹を叩く。返事はない。
少しよじ登って頬に吸い付くと、力の無い溜息が頬骨を振動して伝わってくる。お返しにふふふふと鼻息をかけてやると、
気持ち悪そうに身を捩った。

掃除の邪魔が成功しかけてきているので、調子にのってそのまま唇をルートヴィッヒの耳たぶまで持っていく。
がぶりとかみつくと「な」に、を、す、る。と言いたげな口がぱくぱくと魚のように蠢くが、知らないふり。

「れろれろ」
「な、舐めるな!!」
「暴れたら歯が当たっちゃうよ!れろべろ」
「っ…、!」


人を攻めるのは悪くないと思う彼の夜の嗜好をなんとなく理解できたような、できてないような。
私の唾液のついた左耳を真っ赤にして震えたルートヴィッヒはもう抵抗も叱咤も、気力がないというようにじっとしている。
にやにやしながらまわしてあった腕に力を入れ、耳もとで囁く。


「ねールート、掃除なんかいいから今しよう」
「……………できない」
「ね、ルート。いいよねいいよね」
「……………勘弁してくれ、頼む」
「今日は私が上でいいよね?掃除して私のことほっぽった仕返し」


涎付いた耳が溶けそうなほど赤く染まるころ、
私の唇は既に彼を食んでいた。





(結局こうやっていつも掃除を妨げる)
バッドガールマッドネス!

110527