柄にも無い軽い足取りで施設内を歩いていたら、いろんな人から痛々しい視線を浴びた。
しかし今日はそんな事を気にするほど心に余裕が無い。彼女のことで頭がいっぱいだったからだ。


先日漸く想いを告げたオセロットを、快く受け入れてくれた
受け入れてくれたのはいいが翌日が任務だったので、会おうにも会えずじまいとなってしまったのだ。
そして昨日も大佐に呼ばれて仕事をしていたとか何とかで、何処に居るかも不明だった。

ずっと想いを寄せてきた人と結ばれたのに、会えなくて寂しかったとでも言うように廊下を歩くオセロット。
部下は口々に「ああ末期だ」と呟いた。


は居るか?」

「ああ、ついさっきグロズニィグラードの方へ出ました」


今日はいるのか。そう確認を取るオセロットの片手では銃が歓喜に踊るように回転していた。
器用だとは思うが、それを習得するまでの努力の過程に興味を覚えるのはこの私だけではあるまい。
少佐から目を逸らすかのように深く被った覆面が大きく項垂れて、彼がグロズニィグラードへ向かう後姿を呆れた表情で見遣っていた。


当の本人はその蔑みにも似た視線に全く気付いておらず、寧ろ自分の幸せオーラを鱗粉の如く撒き散らしている。
しばらく廊下を弾んだ気持ちで歩いていると、いつの間にか自分はグロズニィグラード内に居たことに気付く。そこらに居る兵士を捕まえて彼女の居場所を聞くと、



「東棟に行きましたよ」



と返ってきた。
まぁここからなら東棟もそう遠くはないだろう、と気にせず東棟へ向かうと、今度は西棟に行きました、と言われた。
同じ場所に居るのになかなか顔を合わせられない焦燥感から、いつしかオセロットの顔からは幸せの表情が消えていた。


何しろ気持ちを伝えたばかりで、受け入れてもらったばかりで、彼女のすべてをしっているわけではない。
何処に居るなどは一応把握しているつもりだが、何が好きとか、よく行く場所とか、そういったものなんて分かっていなかった。
だから仲のよい男友達とグラード内を回っているだとか、大佐と仲睦まじく食事でもしているんじゃないだろうかとかそんな後ろ向きな想像が頭を過ぎる。
足がせかせかと西棟へ向かうのが自分でも分かる。






「東棟の方へ戻りましたけど」

「はぁぁあ?」




思わず気の抜けた声が出た。


ここでやっと再会かと思ったら今度はまた戻らなくてはいけないのか。

いったい何をしているんだ。


焦燥感は極限を突破し、彼の足を走らせる。途中ライコフにぶつかって優しく微笑まれたが、ぶつかったときラグビー選手のように肩でタックルしてしまったのでこいつはマゾか?と心配になる。しかし暢気に考えている暇はない。今にも自分の心は枯れてしまいそうで仕方がないのだとでも言うようにライコフを無視して再び走り出す。先日筋トレのし過ぎで痛めた腿の筋肉が悲鳴を上げるけど、かの帝国のように自分は妥協など許さない。
死にそうな筋肉を駆使して東棟へ戻る。



!!」


勢い良く開いたドアの向こうにやっと彼女の姿を確認できた。


「あ、オセロット」

少佐、と階級をつける前にオセロットはに手を伸ばし、抱き寄せる。
ぎゅううううと懇親の力を込めて小さなの身体を抱きしめて首元に顔を埋めた。
「ちょっ、ちょっと!」関係無い、今までの彼女への焦がれた気持ちを知ればこれくらい普通だ、と自分の意見を押し付けるように腕を離さない。
やがて抵抗していた手も力が緩み、オセロットの背中へ渋々と回ってくる。


「逢いたかった」

「そんな……一日二日会って無いだけで大袈裟ですよ少佐」

「うるさいぞ」


優しく耳を食んで対抗意識を燃やすと、あ、と小さい声が漏れた。ちゅっと軽く頬にキスをしてやると、ぷっとむくれて顔を赤く染める
愛しくてたまらない。
骨を感じさせない柔らかな曲線を描いているの身体が服の上からでも分かった。頭から薫ってくる石鹸の香りが鼻をくすぐる。


「少佐……此処何処だと思ってるんですか」

「関係ない!」

「結構ありますけど!?もっとほら人のいないところで…」

「そんなのいやだ!東棟へ行ったといわれたから東棟へ行ったんだ!お前居なかったし…西棟行ったって言われたから西棟行ってみたら今度戻ったとか言われるし…」


お前の行動が読めない、と頬を膨らませて喋るオセロット。
あまりにも子供っぽい仕草に、ふと笑みが零れてしまう。
笑うなー!と身体を左右に揺すられてあーはいはいと子供を宥める気分。ああ可笑しい。

跳弾より予測の不可能な動きをする
跳弾より扱いが難しい
とてもとても複雑で、とてもとても可愛らしい。


「もう何処にも行くな」

「………少佐、」


言いかけて服に顔を埋められるを何処にも行かせないと言わんばかりに抱きしめるオセロット。
それはまるで母親に再会した幼い息子の様で、はおもわず顔を綻ばせる。



「………………………………………………………………………オセロット少佐」


「何だ?」


「これから大佐のところに用があるんですけど」


「そうか」


一向に離そうとしないので、は痺れを切らして足を思い切り踏みつけた。かかとを高く振り下ろして爪先付近を容赦なく回転を加えてぐりぐりぐりぐり。
あまりの痛さに思わず回していた腕を投げ出して身を捩り、その場に縺れ込むオセロット。少佐の威厳は何処へやら。
涙目になって「あんまりだ!」と訴えてくる彼の眼から視線を逸らして知らんふりをかます。にっと笑って「ではまた」と去っていく。

これでは付き合っているという実感がわかないではないか。
そう思った彼は徐に立ち上がって、さっさと歩いていってしまう の後を追いかけた。






「待て!逃がさないぞ!」