会議に参加すると、私の斜向かいには必ず彼が座る。眼鏡の奥の鋭い瞳に惚れ込んで偶に彼を盗み見るのだけれど、聞いた話によるとただ目が悪く顔を顰めているだけらしかった。
……でも好きだ。


寡黙な雰囲気を醸す彼だけど、自分の意見ははっきりと述べるのだ。無駄の無い発言は大変スマートで格好良いが、伝え方がスマート過ぎて伝わらないことも多々ある。
話が食い違ったときは恥ずかしかった。




アルフレッドのはきはきした声が室内に響き渡る。那賀机を挟んで向かい合う人たちの中には全くそれに聞く耳もたずの人も居た。

私もその一人だ。

菊兄さんがしっかりと聞いていてくれるだろうと勝手な憶測をして、いつも暇を作って彼を見る。
ほんのたまに目が合うのだが、恥ずかしすぎて合わせることができずにそっぽを向いてしまう。彼の視線から追いやって、一人気の無い振りをするので精一杯だった。
体内の水分がすべて沸騰しきってしまいそうになる感覚に苛まれるのは、私が彼に好意を寄せているから。









(今日もかっこよかった……)

目を合わせるどころか想いを告げる事はもってのほか、私は週一の会議で彼を見遣っているだけ。それでも十分に満足だった。
本当は「日本人はおくてなのよ!!」と偏見に託けて近付くことを恐れているだけなのだけれど。
ほう、と溜息をついて、瞼の裏に焼き付けた『今週のベールヴァルドさん』を思い出す。




会議が終わってトイレから出たとき、ふと床に白い物体が転がっているのが視界の端に映った。

よく見ると動いており、よくよく見ると小さな子犬だ。大きな瞳がこちらを見ている。


「どこから入ってきたんだろう?」


しゃがんで優しく抱きかかえてやると、子犬は抵抗せず大人しく腕の中に納まった。という事は、ある程度の人馴れはしているという事だ。
誰かが連れてきたんだなぁと結論付けることにして子犬を撫でる。
もこもことした触り心地の良い毛並みが掌から感覚として伝わってくる。ほわっとした気持ちに包まれて、思わず頬の筋肉が緩んだ。



「………………もふ夫!」

「花たまごだ」



聞いた事のある声にびくりと身体を震わせてふり返ると、しゃがんでいる所為もあるのかベールヴァルドさんが果てしなく大きく見えた。
相変わらずのしかめっ面で私を見下ろす彼を冷や汗満載で見上げる私。

「花たまご」と聞こえたような気がしないでもないが、名前なのだろうか。私がたった今命名したのを颯爽と改名したような気がした。
「花たまご」が何をさした代名詞なのか分からずに疑問符を浮かべていると、ベールヴァルドさんが私の腕の中に納まっていた小さな子犬を指差した。


「あっ、」


これの事ですか、と子犬を差し出すと、「いい、抱いてろ」と押しのけられた。もう少しこのもふもふ感を味わえるのでちょっと嬉しい気持ちになっていたら、ベールヴァルドさんは
私に手招きをして「………出口までこ」と呟いた。多分この人は、『出口までその犬を抱いていいぞ』と言っているのかもしれない。
こくりと頷いてベールヴァルドさんの半歩後ろを歩く。相変わらずの無言を振りまく彼だが、決して機嫌が悪いわけでは無いようだ。


「……あの、ベールヴァルド、さん」

「…スーさんでええど」

「あ、はい、……そのー…す、すすすすすすっすスーさん」

「何だ」


犬好きなんですか。そういうと彼は「ティノが拾って来た」とだけ言った。嫌いではないらしく、私の腕の中に居た花たまごに手を伸ばし、時折耳の裏を撫でてやっている。
無骨な大きい手で撫でられる花たまごを羨望の目で眺めつつ、出口までの長いようで短い距離を二人並んで歩いた。
途中フランシスが通りすがって、私を見ながらウィンクをした。たぶん、応援しているんだろうと思う。

そう、今私は密かに想いを寄せている彼の隣を歩いているのだ。

言葉が無くとも、私は満足だった。
それだけで幸せだから。

だけど無情にも出口はやってきて、私たちは逆方向の帰り道を行くことになる。また来週まで彼とはさようならなのだ。向き合って花たまごを手渡すと、私の寂しい気持ちが顔に出ていたのか、彼はくすっと笑って大きな掌で頭を撫でてくれた。
なでなでと髪の毛の上を平行移動する手が触れる頭皮が剥げてしまいそうなほどに熱くなる気がした。幸せすぎて死にそうだ。


「あ、っじゃあ………その、また来週、………」

「ん。じゃあな、



小さく手を振って去っていくベールヴァルドさんの広い背中を見遣りながら、ほうと先刻までの至福の時間を思い返した。
大変がんばったと思う、私の大奮闘だったと思う、話せたこと自体に花丸五個ぐらいあげられると思う。


「………………あ、れ」


そういえば、

私初めて彼と話したのに。

どうして名前知ってるんだろう?