アイキャンフライ見渡す限り青い空、そこに白い雲のコントラストが綺麗に出来て私の心は無駄に引き締まるこれから何もかもが地で潰れ行くというのにいったい何を思って耽っている暇があると言うのだ否暇などあるわけが無いだろう地球は物凄い速さで回っているのだ実際全く実感が無いので私たちは焦るという事をしない怠惰に身を任せて生活を送っているからしょうがないと自暴自棄に悟ってみた嫌気は差さないこれから大空へ飛び立つのに必要な概念ではないと考えたからそう頭が結論付けたから捨てる破棄する消去する……できたらいいよな簡単に、ゴミ箱の上までドラッグしてマウスから指を離せば何時だって消えたい時に消えてしまえるんだ消したいときに消してしまえるんだ都合のいいものが欲しかったけれど現実はバーチャルにかなわないことを知って裏切られた気分になった余計な概念など捨ててしまいたいというのに要らん思考が入ってきやがったそもそも感情というものを捨て去ってしまうことが出来たならどれだけ怖がらないで悲しまないで生きてゆけるのだろう呆れさえ憂いさえ諦めさえ超越したその果ては大空へ旅立つ際に足枷にならないことを祈るとしようかさて私は今から自分の足で空へ、 「、!」


喉に突っかかったエクスクラメイションマークを必死に押し出したアーサーは屋上の入り口で私を発見し駆け寄ってきた。
右目が痒みに疼いたので瞼の上から指の腹でごりごりする。瞼の上からでも眼球がまあるいことが分かる。
強引に肩を掴まれたので眉を顰めながら振り返ると、アーサーは握った私の肩を揺らしながら言った。


「本当にやんのかよ」
「うん」


至極普通に宣った。アーサーはその私の淡々とした態度に言葉を失くし、私の肩から手を離した。行くなと言っている様にも、行くのかと悟っている様にも見える。
そのどちらの言葉が降りかかったとしても、私が実行することには変わりは無い。


「思い残すこととか、無いのかよ」
「無いよ」
「どうして無いんだ」
「無いほうが、飛べる」


笑ってやった。もう思い残すことは無いと言って自ら命を経つ、なんてドラマみたいじゃない?なんて冗談ぶってみるけど私冗談抜きでこの世に未練は無いわ。

私を理不尽に痛めつける拳や手が父の物であること、平気で嘘をついて番として暮らし、自分のことを棚にあげて自分を軽蔑する人間が母であること、
平気で他人を傷つけて悲しんでる姿を楽しむ輩がいること、それを見ることしか出来なかった私のこと、心臓病で遠くへ逝ってしまった彼女にまだシャボン玉のセットを返していないこと、そんな不条理がいっぱいある世界。





そんな世界のどこに、心残りがあるというの。



残りかすさえ全部消えて無くなり果ててしまえばいいんだわ。

アーサーは俯いていた。一方的な語りにうんざりしてしまっただろうか。まあいいこの後瞬く間に貴方から見える私は遠く小さくなっていくのだから。
そうアーサーが心配することなど何も無い私も時期に永遠の沈黙を獲得する事になる。


空がひゅうと風を運んできて私を催促する。はやくはやく、と世界は私が礎になることを望んでいる。


無意識にフェンスに手を掛けて筋肉を稼動させた。するっと持ち上がる体、足をかけてみたら結構高くて驚いた。
その際にめくれたスカートが太腿を露出させるけれど、こんなの死に際のサービスって事で、見ていいよアーサー君。

……ありゃ、思った以上の反応だな。もしかしてこういうチラリズムってのに弱いのだろうか、何で早く気付かなかった私。


!」私の名前を呼んでくれる。だけど止まらないよ、私は。


「…駄目だ」
「どうして?」
「どうして、って……」

理由も無いのに死にたがってる人間を止めるものじゃないよ、こっちがどんどん惨めになっていくから。

「あ、そうだ」

ポケットから銀の十字架のネックレスを取り出した私はアーサーの手に乗っけて、ぎゅっと握らせた。彼の手は酷く汗ばんでいて、冷たい。

「あげるよ」
「は!?おいっ、これ…!」



私は笑った。

でもきっと歪んでいた。


心臓がゆらゆらと衝動に掻き立てられるけれど果たしてそれをしたからといって心臓は収まるだろうか。ならないとは思うけれど、でも、ちょっと。
ちょっとだけ、アーサーが可愛いから悪いんだよって。責任転嫁してみる。「!」



へへ、笑って「なっ、あっ、…!」「じゃあね」




ジャ、ン、プ。




身体
が、風を切る。

が、虚空を薙いでそう私は今宇宙に対して仰向けに飛んでいる。



「         !」



もう何言ってるか分からないよ、残念ながら私の耳はSOLDOUT、風に買い占められました。
頭の血が、身体の血が、全て背中へ集まっていく感覚にとらわれて見えるアーサーの小さな顔、思わず笑ってしまった走馬灯は流れない駆け抜けない
私に思い出など無いから遺せる物など無いから何一つ残ってさえいないからぜんぶ


ぜんぶ、




ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ、さようなら。