「入るぞー」「どうぞー」雑誌に目を落としたまま気軽に応答した。がしゃり、といつもより少し乱暴な音がして、スネークが入ってきた。
「ちょっと、もうちょっと優しく開けてよ、」返事が無いので雑誌から目を離してドアのほうへ視線を向けると、唖然としたスネークが、




ドアを持っていた。







「ここが原因だったか」
ごつい指が小さな金具を弄る。どうやら金具にがたが来ていたようで、彼がノブを捻って入ろうとしたところ留め具が壊れたらしい。恐るべき握力とかではなくて良かった。
取れたドアを壁に立てかけて、よし、と呟いたスネークは何事も無かったかのように私の部屋に入って本を持っていこうとする。


待て。腕を掴んで引き止めると、至極不思議そうな顔で「どうした?」と尋ねてきた。その不思議そうな顔に面食らって私は物が言えなくなる。


まさかこのままで過ごすのではないだろうか。そんなことしたら私のプライベートな世界と皆で共有する世界がごちゃごちゃになってしまうではないか。
境界がなくなったことで私のプライベートな空間はじわじわと他の空間に侵食され、仕舞いには私の唯一の心休まる空間が消滅してしまう。
増してや彼と、なんて夜這いも朝這いも関係なしに迫ってくるんじゃないだろうか。そんなのは絶対に嫌だ。
あの壁の仕切り一枚で私は守られているのだ。こんなことまじめに話してたら引き篭もりみたいでモチベーションがさがるんだけれど。



「な、直してよ」
「どうして」

どうしてじゃないだろ。

「だって……安心できないじゃん人通るし何やってるかわかっちゃうし」
「いいことじゃないか。それに俺が入り放題!いいこと尽くめで何が悪い」
「それはあんたの都合だろうがぁ!それにの後に言った内容について私は一番悩んでるのよこの助平!」


ぼかぼかとグーを喰らわせると、スネークは不満そうに唇を尖らせた。


「何でだ。俺はいつでもどんな時もと空間を共にしたい」

「何でそういう事他の場所で言ってくれないんですか。何でここでそういう事言うんですか。真面目に言ったつもりならこっちも真面目にグーでアレしますよ。」

「待て分かった。じゃあこういうのはどうだ、もういっそプライベートとかそういうのじゃなくて結婚すれば何とかなるぞ」

「どさくさに紛れたしょうもねえプロポーズに私が答えるとでも思ってんのか。はい直してくださいねお願いします」

「結婚したら子供は何人欲しい?名前はどうする。ん?ベッドは広いほうがいいか?」



すっと拳を握り締めて後ろへ引き助走をつけると、スネークは無表情で「すみません」と謝った。
そして残念そうに「直すのか…」と落胆の溜息をつく。当たり前だ、私にだってプライベートというものがあるのだから。


「じゃあよろしく!私も手伝うから」

ほら直すよ、としょげた肩を押して工具箱を取りに行かせる。のたくたと工具箱を持ってきたスネークはのたくたとドライバーを手に螺子と戦っていた。
ごつくて太い指が持ったドライバーは、私が持ったときよりはるかに細くて小さく見える。私よりも大きな手の中で、そのドライバーは器用にくるくると回転していた。


意外と器用なんだなぁ、と感心する。思わずその手つきに見とれていた私の顔を、スネークはちらちらと覗き込む。
「…なに」と訝しい目つきでスネークを睨むと、ううんと首を振り、目を細めて笑った。


黄色いネコ型ロボットが青いタヌキみたいなロボットに変化したくらい驚きな変形の仕方をしていた金具が外される。ぐしゃりと歪んだそれはもう使い物にならないだろう。
新しい金具をビニールから出して、金具がもともと留まっていた場所に宛がう。少し位置をずらして調整したスネークは「おさえてろ」と言った。
言われた通りに留め具を押さえて、スネークがまた螺子を締めるのをじっと見ていた。



のたくたしていた割りに今は真面目な顔をして金具の修正に勤しんでいる。任務の時も一緒だ。いつも少佐に少々の悪態をつきながらも、やっぱり本番前になると表情が変わる。目の前に置かれた目標を達成するための本気の表情をするスネークが私は好きだ。
頼り甲斐のある姿に、おもわず心をときめかせる。こんな柄じゃないのになぁと少し自分に辟易した。

金具を留めるスネークとの距離は僅か数センチ。彼の匂いが微かに鼻腔に侵入してくる。
すうと息を深く吸って、視線の先をドライバーと螺子にやっているスネークの頬に口付けた。



「………
「あ、あり、ありがと…ね」

恥ずかしいのでそっぽを向く。なかなか視線を元に戻さないスネークは私をじっと見つめている。


「………………なによ」




「やっぱり結婚しよう!」