朝日に埃が光っているのが見えた。
何の変哲も無い天井を背景に踊る埃はさっき私がベッドの上で暴れん坊将軍になったせいで立ったものだった。
ふいにそれらが舞っているのを目撃して冷静になりはねるのをやめ、シーツを洗濯しようかなと思っ「おい、何一人でお祭り騒ぎしてるんだ?朝飯、できてるぞ」いつから見てた。

返事する代わりに右足をだるく持ち上げた。返事と見たルートヴィッヒは小さく頷いてさっさとリビングのほうへ戻っていく。

もう少しスウィーティーなモーニングをホープしているのだよ、というわけでもない(なくもないかも)が、扱いが雑なんじゃないだろうか、と一人寝返りを打つ。
白い壁にかかった時計はもう朝の8時を指していた。
「……ばかやろう」

焦ってはいた。


一緒に住む前からなんとなく隣にいるだけの関係だったが、同棲するともっと雑になるなんて話聞いたことが無い。
そう先日から、私はルートヴィッヒと同棲することになった。ときめき五割と初々しさ3割、やましさ2割の期待を抱いて生活に入ったはいいがそれもすぐに綺麗に崩れ落ちていった。
最初は赤い顔しながらもじもじ「…よろしく」なんていっていたくせになんなんだこれは。

起こすときもドアを開けて声をかけるだけ、会話はあんまりないしあったとしても仕事の予定だ。
お風呂も順番に入るから一緒に入るなんてばら色の浴槽とかそんなこと一度も無い。それどころかベッドで向かい合って睦言を囁きあったことさえないというか、おやすみが精一杯の睦言、とはいえないけれど、それだけ。
プラトニックを超越した行動は破局の兆候か、遅咲きのどちらなのか。

一応女である私も理想はある。ベッドの中で目が合って笑顔でおはようをいったりとりあえずちゅうでもぎゅうでもなんでもよろしいので体温を確認し、ご飯を楽しく食べてお風呂に一緒に入って夜はふたりで運動会「飯が冷めるぞ!」冷めてんのはお前だろ!


「はいはい今起きますよ…いて」

ベッドからずり落ちて四つんばいでリビングへ向かうと、彼は既に食べ始めているのかと思いきやしっかりと私を待っていてくださっていたようです。四つんばいのまま口をあけて見つめていると「早く座れ」とリアクションに困ったような顔をした。
私はそそくさとルートヴィッヒの向かいの椅子に座って皿のジャガイモをつついた。

彼は私が朝が苦手なことを知って、休日だけ朝ご飯を一人で作ってくれている。
簡素だけど、そこが好き。

一度こっそり朝ごはんを作る彼を覗いたことがあって、その背中はとても広く見えた。
そんな彼の咀嚼するときの口の動きだとか、ジャガイモをつぶす手つきだとか、食べ物を飲み込むときの喉仏を見るのが好きでついついだらだら食べてしまう。


「…ルートさんルートさん」
「ん?」
「今日は休みだよね」
「ああ。休みだ」
「うん。……………うんえーと、…ごはんうまいです」
「良かった」


某野球漫画の眉毛の凛々しい父さんのように思い切りテーブルをひっくり返したくなった。
話下手はこれ以上の会話を続けられないから嫌だ。ルートヴィッヒは何事も無かったかのように食事を食べ進めている。
いつかフェリシアーノが彼に猫のように甘える姿を見て、私もそうできたらいいのにと思うことがよくあった。

笑顔で彼と手を繋いで、名前を呼んであたたかくなりたい。
今の私への態度を見て怖がって踏みとどまる自分を疎ましく思うけれど、どうにもできない状況にただ乾いたジャガイモを
ちみちみと飲みこむだけだった。





ギルベルトが好きなお天気お姉さんを「厚化粧だなぁ」と思いながらソファに座って天気予報を聞き流していると、洗い物が
終了したルートヴィッヒが私の隣に座って新聞を開いた。

「む…これは昨日のだな」
「今日休みだもん」
「そうだったな。忘れていた」
「じゃあ私が悪いニュースといいニュース一つずつ教えてあげようか」

少し興味を持ったルートヴィッヒが新聞から目を離して私のほうを見る。青い瞳にどきどきしながら一本人差し指を立て、ひとつめ。「悪いニュース。最近ルートえらく素っ気無いから私さみしい」困った顔でルートヴィッヒは「そ、それは自分の感そ…」と呟くが、遮って話を続けた。


「ふたつめ。素っ気無いなあって思ってたら、朝ごはんしっかり待っててくれたから大丈夫」

「…何が言いたいんだ?」
「つまり、」


勇気を出して。
不思議そうな顔めがけて口づける。


「好きよ」


柔らかい唇を半ば押し付けるような乱暴なキスで、気持ちをも押し付ける。
見開いた青い青い目と視線を合わせてから目を閉じて、ゆっくりと離した。
間髪いれずにルートヴィッヒはごつい手で顔を覆った。困り果てたため息をついてがっくりと肩を落とす。


「………我慢していたのに、この馬鹿」


愛はそこにあったみたい。





100912
リクエスト「ルートを困らせる」