朝のキッチンの雰囲気が好きな私は珍しくアーサーより早起きして、コーヒーを淹れてみた。

お湯を注がれてこんもりと盛り上がるドリッパーを見下ろすと、舞い上がってきた湯気で鼻が湿る。湿気の多い空気と共に入り込んできたコーヒーの香りが寝ぼけた頭にすうっと通っていく。冷たい空気がパジャマの中に入り込んで鳥肌をざわめかせ、思わず身震いした。



入れたてのコーヒーをカップに入れてリビングへ向かうと、昨夜開けっ放しにして寝たカーテンの向こう側は見事に真っ白で「おぉお」窓に寄る。ベランダもサンダルごと埋まりつつある状況ながらも危機感は湧かない。
ひんやりと冷気の漂う窓辺に立つと、コーヒーの湯気も一層騒がしく蒸気している気がした。テレビのリモコンを押すが、全く反応しないのは昨日電源ごと切ったからだった。二度手間に小さく溜息をつきながらテレビの電源ボタンをプッシュする。
おてんきおねえさんがコートを着て耳宛をしながら「昨夜は記録的な豪雪で」と見れば分かることを述べていた。

今日買い物に行ったら混むだろうか。


口に含みながら零さないようにそろそろと歩き、寝室へ戻る。空腹を催さないので朝の余韻に浸りながら布団の中でうずくまっているあいつを先に起こすことにした。
「アーサーぁ」
間延びした呼名に反応することなくベッドの上で柏餅みたいになったかけぶとんをひっぺがすと、猫みたく丸まったアーサーがでろんと出てきた。骨を消失したようだった。

布団を剥がされて外界の空気に触れたアーサーは真空の箱に詰められたみたいに「ひぐう!」とか息を吸い込んで暴れだす。面白くて布団をあげないでやると、あまりの寒さに身を捩じらせて僅かな熱をも逃がさぬように丸まった。足首がパジャマのズボンから出ていて冷たそうだ。


「っにすんだよ返せよ」
「朝ですよー。起きてくださいアーサー・カークランドさーん」
「くっそ…寒い、寒すぎる」
「そう?」
「雪積もった?」
「昨夜は記録的な豪雪で……っておてんきおねえさんが言ってた」
「だろうな……さむっ」
「んな事いってないで早く起きなさい。動かないから寒いの」

まだ熱の残るシーツを擦ってがちがちと歯を鳴らすアーサー。露出した足の裏をくすぐってやると、短い悲鳴と共に飛び跳ねてベッドから転げ落ちた。

「なんでお前は平気なんだ?」
「四季折々ですから、私のうち」
「慣れてんのか」
「ええもちろん」
「悔しいな……雨には弱いくせに」
「梅雨があるからそうでもないですよーだ」
「一日に予想外の降雨が何度あると思ってる」
「今いるのは私の家よ」


不満そうに鼻を鳴らしながらクローゼットから上着を引っ張り出す。裏表に着ているのに気が付かないのはまだ脳味噌が半分眠っているからだろう。なかなか入らない袖に苛々しながらスリッパを探している。
私が彼のスリッパをはいていることにさえ気付かないとは。馬鹿すぎる。

探しても見つからないことを悟ったアーサーは諦めてはだしのままフローリングの廊下を歩いていた。「あっつめてえ」何処を歩いても冷たいというのに彼ははじっこに寄って爪先立ちでリビングへ向かう。後ろ姿を眺めながら私もコーヒーの入ったマグカップを持ってアーサーの後に続いた。
「うわ、ベランダひでぇな」
降り積もった雪を恨めしそうににらみつける。序に舌打ちまでしていた。
「ゆきだるまでも作る?」
「やだ。さむい」
じじいか。

ソファの上に尻を乗せ、体育座りするアーサー。熱を逃がすまいと必死だ。
可愛くてふっと笑うと、アーサーは私の足元を見て口をあけた。
それ俺のスリッパじゃねえか!と今頃気付いてそんなこと指摘されたけど、私は無視して朝食の用意をしにキッチンへ向かう。その後も長ったらしい説教だか何だかが始まっていたけど、目玉焼きがフライパンの上で焼ける音でほとんど掻き消されていた。

無視を決めてると直に「おい!聞いてんのか!?」と納豆ばりのしつこさでキッチンに侵入してくる。溜息をつきながらはいはいと頷くが、アーサーは一向に諦めようとしない。
煩い男は嫌いよ、と某最強の矛みたくあしらってやっても良かったが、あまりにも子供過ぎるので甘えさせてやることにした。
腕を掴んで腰に回させ、身体を密着させる。金髪が前のめりに私の後頭部を穿ってきたけど放っといてりんごの皮をすらすらと剥いていった。アーサーは小さく「な、あ、お、」とか言って動揺を隠せないでいるので、面白がっておちょくるように尻でつっついてみると離れようと躍起になる。

「離せ!」
「なによ、寒いんでしょ?」
「べ、別にこーいう事しろっつってんじゃない」
「素直じゃないなぁ」
「五月蝿い!」

朝から耳元で大きな声を出さないで欲しいなぁ、と思いながら一口サイズに切り落としたりんごの実をアーサーの口に放ってやると、不満そうな顔とは裏腹にそれを食している。もう一度面白がるように尻で彼を押してみれば、私の腰に回っていた手が一層強く私を抱きしめてきた。