「タチアナのように、スカートを穿いてみたらどうだ」
「それはセクハラの部類に入りますか?」
高く振り上げた右手を見て、オセロットはぶんぶんと首を横に振る。
「お前だって仮にも女だろ?…そういうの、考えないのか」
「うるさい。何度もタチアナのおっぱい揉んでるあんたに言われたくないよ!」
「なっ、別に俺だって好きで揉んでるんじゃない!」
「なんだそのツンデレみたいな言い方は!そんなんで納得すると思うのかこのバカ猫!!」
ぷいとそっぽを向いて帽子を目深に被る。言い返してやりたいが、もどかしいが、これ以上言っても何の解決にもならないことを考えて口を噤んだ。
俺は偶にスカートを穿く事をに促すが、彼女は決まってさらっと受け流す。山猫部隊きっての男勝りな彼女がスカートを着用しないのは、よっぽど自分に自信が無いのか、単にスカートが嫌いなのか。理由は定かではないが、彼女は決して穿こうとはしなかった。
自分としては少し穿いて欲しい気持ちがある。でもそれを素直に伝えられなくて、口先でいつも詰まってしまうのだ。
「それに何であんたなんかにスカート穿けなんていわれなきゃいけないの?」
「身だしなみには自信があるからな。普段センスの無いにも、と思って」
「余計なお世話だよ!身だしなみばっかり気にしてる暇あったら弾詰まりしない方法でも考えとけ!!」
核心を突かれてぐっと来る。でもこれも自分の所為だ。センスの無い、なんて、本当は思っても無い言葉が口から滑り落ちる。それが俺を臆病にさせる要因の一つでもあった。
赤い帽子をじれったそうに弄りながら、それに目線を伏せていた彼女が呟く。
「わたし、だって……………」
その続きは唇の中へと引っ込んでしまった。もごもごする顎をじっと見てると、「あんまり見るな!」と帽子を振り回す。
顔を紅く染めながら、眉を八の字にして怒ってきた。どきり、と心臓が跳ねる。
でも可愛いなんて口に出せなくて、きっと此処でまたを怒らせるような意地の悪い言葉が出てしまうんだろう。そう考えていると、うっかり抵抗するのを忘れての帽子が肩に直撃した。
ばすん、と空気を吐く服。じんじんとした鈍い痛み。驚いた顔の。
「…………………………………あ」
ごめん
ついと離れて、廊下の角を曲がっていく。
そんなんじゃないんだ、嫌だったんじゃない そんな顔するなんて思わなかった。
言いたくて、でも言えなかった。追いかけたくて、でも追いかけられなかった。
「、お前、それ」
驚いてそれ以上の言葉は出なかった。大きな倉庫には、俺の靴の音だけが響き渡る。
こっちを見ないの隊服は、紛れも無くスカートだったのだ。すらりと伸びる足。
決してタチアナよりも長くは無いものだが、彼女だからこそというのがうれしくて、思わずふっと笑ってしまった。
「ああ…えーと、……スカートすごく」
「ライコフが、…………………………似合うって、言ってくれたから、穿いただけ」
俺の顔から笑顔が消えるのがわかった。石をぶつけられたかのように脳内が歪曲する。わんわんと耳鳴りが三半規管を襲って、眩暈が起こる。
なんだ、そうか、俺が穿けって言って、穿いたんじゃないのか。
そんな思いで頭がいっぱいになった。「お前が好きだ」そう素直に口に出せないでいた俺を恨んだ。
その恨みは誰の所為でもないのに、また気持ちが抑えられなくなって思っても無い言葉を言ってしまう。
「ライコフの社交辞令でいい気になってるなよ。似合わないわけじゃないけど、タチアナを見てるよりも見栄えが悪いぞ?それに、お前は仮にも山猫部隊の一員だ。何かあったらすぐに戦場に出なくてはいけないんだから、浮かれてそういう格好ばっかりするなよな」
はっと思ったときにはもう遅かった。ずっと俯いていたは正面から俺を見ていた。涙をいっぱいためた目で、真っ赤になってふるふると震えて。
またやってしまった。後悔は先にたたないことをよく知っているのに。
倉庫の中には、乾いた破裂音が響き渡った。
左頬をかっさらっていったの小さな手のひらは、俺を引っ叩いたままの形で空中に留まっている。
手がそのまま垂直に降りて、視線は彼女の瞳に戻った。
「この、ろくでなし」
冷たくそう言い放ったは足早に倉庫を出た。残ったのは俺と、左頬を覆う痛み。
それよりももっと、いたいのは、こころだった。
(私また余計なことを言ってしまった)
(俺また余計なことを言った)
彼女も彼から気持ちが伝えられることを、待ってるんだと思う。