はちきれられた。


急激な脳味噌付近を巡る血液の沸騰、振り上げられた掌は机にびんたを食らわせて大声を張り上げる。立ち上がった際に二十センチほど椅子が後退する。
大きな音に驚いた店内の人間たちが、不思議そうな目で俺と声の主を見て見ぬ振りした。
痛々しい視線を浴びながらゆらりと揺れる を見る。


「このおっぱい星人!!あんたなんかどっかのねーちゃんの谷間に顔埋めて『きょぬーまんせー』とかほざいとけ!××野郎!××!しまいにゃそのねーちゃんに×××搾り取られて××になれ!糞××××××××!!」


放送禁止用語を平気で言ってのけるさんは店内とかそういう雰囲気を気にせず俺を罵倒しまくる。
その罵倒を思い切り正面で受ける俺の身体は、言葉という荊でぐるぐる巻きにされ磔にされて羞恥の炎で焼け焦がれそう。
「うがあああああ!」女性のじの字も無い遠吠えを上げたは轟音と共にテーブルをもう一度叩き上げ、俺の話す機会をも与えずに足早に去ってしまった。
迷惑そうな視線を無視して叩いたテーブルを見ると、コーヒー代だけが乗っかっていた。


そこらへん、律儀な人間だなと感心した。







と喧嘩した」
「と、兄さんがそれを報告することで俺が何とかしてくれることを期待しているわけだ」

うん、と素直にうなずくと首を力なく振ってはぁとため息をついたルートは「勘弁してくれ」と呟いた。


「これで何度目だと思ってるんだ」
「わっかりませーん」
「7度目だ」数えてたんかい。
「お兄さん困ってるんだよこんな哀れで強い兄さんを助けてはくれまいかい弟よ」
「余計な形容詞入ってなかったか?」

閑話休題。話が進まないのでしっかり説明することにした。


らぶらぶランデブーなデートスタート→デートの最中に俺が『巨乳の彼女が良い』と言った。→ちぎー→ずばこーん→250円。
そういうわけだ。
いやいや最後のほう擬音語ばかりですっかり理解不能なんだが、と的確な突っ込みをしてくるルート。でもだいたいわかるだろ「どこがしっかりだ」説明終わり!

ぐりぐりとこめかみを拳で詰られる。脳味噌の神経から異物が流れ出ていくような疲れが取れる感覚に思わず感嘆する。ルートは「謝ればいいじゃないか」と半ばなげやりな対処法を俺に提供してきた。

「それが無理だから頼んでるんだろ!ばかぁ!あっ違う俺今の真似じゃないから眉毛じゃないから!だから、あいつあの日から電話してもメールしても家にいってもポストに手紙詰め込んでも一日中窓を見上げててもおはぎ持ってごめんなさい連呼してても許してくれないんだよ!」
「待て待て待てやっちゃいけないことありすぎるだろ」
「え?ああ確かにポストに一日10通の手紙は可笑しいけどさぁ」
「そこらへんから後方全部可笑しいと思うが」
「もしかしておはぎに針入ってたりとかカン違いしてるかもしれないあいつ!ていうか雛見ざわざわ症候群!?」

ついていけない。とルートに手助け契約を破棄された。序に家も追い出された。
電話してもメールしても以降は純粋な俺の冗談だって事を弟は気が付いているといいが、あれだけ生真面目な性格だからきっと信じきっているに違いない。
ちょっと可愛いと思った。別にブラコンとかそういうのではない。

さて、どう出るか。
は自分を貧相な乳所持者と思っている様で、俺がでかい乳所持者を賞賛するといつも顔を歪めて露骨に嫌悪する。実際でかいのは好きだ。見る分にはこの上なく男のロマンを駆り立てるものだと俺は思う。
しかし日本人は他国の体格と比べて小さく華奢なので、そんな身体にゲルマン民族並の乳がつくとは俺も思ってない。
寧ろ華奢なのはいいと思う。それに貧乳はステータスだと誰かも明言していた気がする。フォローになっているのかいないのかは不明だ。

確かにの前で巨乳を絶賛するのはよくなかったなぁ、と一人反省する。

あいつにもそれなりの矜持があり、増してや彼氏という立場の俺がその矜持に反することを言っていたならばもってのほか。怒らない筈も無い。
俺もそこは考慮すべきであったなとまじめな思考。俺今すげえキャラ崩壊とかそういうのなんじゃないのかなと実感した。


いつも隣にはが居て、それが普通だと思っていたから居なくなったときの喪失感は大きい。

あいつは笑顔で、その笑顔はいつも俺に向けられていて、俺もその笑顔に笑顔で応える。それが普通だったんだと思い込んでいた。
でもそれはあからさまな俺の勘違いだったと思い知る。
もう一度真摯に誤ろうと思って徐にポケットから携帯を取り出した。


つながった電話。あっちは何も言わずに俺の言葉を待っている。無機質なわずかなノイズだけが俺の耳に入り込んでくる。

「もしもし俺ですギルベルトです」
「………」

「取りあえず、俺がでっかいおっぱいの話して悪かったです、すいません」
「何度目?」

「わっかりま………えーと7度目」

ここで皆にこれまでの喧嘩の内容がすべておっぱいの話だったことが発覚する。
「まじすいませんでしたもうしません」
無言。そして誰も話さなくなった。


電話の向こうのだんまりは、いきなりまたはちきれた。


「あんたそうやってこれまで6回私に謝ったんだからな学習能力って何美味しいのって事だからな分かってんのか!今度そんな謝り方で謝って来てみろ!あたしはルートに寝取られてやるからな!!」


ぶっつり。


なんだか罵られる為に電話をかけたようなものだ。携帯をたたんでポケットに突っ込むと、自宅に背を向けて歩き出した。
俺はによによしながら道の真ん中を堂々と歩く。この際痛い子とか一人寂しすぎるとかそんなのどうだっていい。

笑顔が零れた。俺はこれまでこうやって6回喧嘩をしてきて、同じようにこうして罵られて、家まで行ってドアを開けたに抱きついて「ごめんな」。
そうすれば はいつもしぶしぶ背中に手を回し返してくれるのだ。6回ともこうだった。6度あることは7度あるだろう。



暫くしての家の前にたどり着く。インターホンを押してふうとため息をつき、肩の力を抜いてこれからの展開に思いを寄せる。

無言でがしゃりと開かれたドア。すかさずこっち側からもドアノブを引っ張って体の入りきる幅まで開けた後、するりと隙間に入り込んでやわらかな身体を抱きしめる。力が入っていたのか、随分とごつい感触だった。
しかしそんなことを気にせずいつもの俺様の決め台詞!「ごめんな」



「何がだ?」

野太い声の応答に、「っ、 、えっ?」思わず顔を上げる。

同じ目線の高さに男の顔があった。間近。マジでキスする5秒前?
そうじゃ、ない。っえ、この顔なんかみたことあるんですけど、とあからさまな既視感。オールバックでもみ上げで殺気立つ目、これルート君じゃありませんか?



急いでムキムキから離れると、その後ろからが不思議そうな表情でこちらを覗く姿が見えた。間違えて男を抱きしめてしまった。あれ?男?

想定外だった。いつもルートをダシに使うくせに、絶対にそんなことしなかった。でも実際、今俺に抱きしめられていたおとうとぎみはこの空間に居る。
ちょっとまて。ちょっと、まて。ちょっ、と、ま、て。





「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああぁあああわあわああああああ」


ホントに寝取られてーらー!








(あ!兄さん気絶してしまった)
(ありゃ、ちょっと過ぎた嘘つきすぎたかな。でもこれも反省するきっかけになるでしょ)