Welt,







「プロイセンが本物の国だった頃世界はどんなふうに過ぎていたの?」
「人を偽者みたいに言うなよな」


ロンリーでオンリーな俺様を悪く言う奴は許さないと言わんばかりに彼女の頭を小突いた。
彼女はまだ国になって4年だし、分からないことも沢山あった。だけどまとめることにいたっては他の国よりも秀でているかもしれない。
このまえロシアによって陥落した彼女はヤツの他の戦線の尻拭いをさせられているところだった。
まだやっと波に乗ってきた生活もあいつによってぐしゃぐしゃにさせられたって言うのに、こいつは平気な顔をして毎日を送っている。

こちらは気が気でない。

「それで、どうだったの?」
「どうだったの、って、まあなぁ、」

彼女の飲みかけの紅茶をすすった。それにも目をくれずに、机の上に山積みになった書類に名前を書き続ける作業をしている。
そんな作業だって、あいつが陥落さえさせなければ三分の一の量で済んだんだ。

「俺の時代は…戦ってばっかだったな」
「ふうん。強かった?」
「そりゃあもうな!俺はフリッツの親父と一緒にあらゆる戦いをだな…」
「うそくさ」
「何だよそれ!」

まるで信じていないような顔。俺の手から自分の紅茶を奪いとって(もともとこいつのだけど)全部を飲み干してしまった。暖房のききすぎているこの部屋では喉が渇くというのに。

彼女が笑いながらとんとんと書類の角を合わせて引き出しにしまった。
「じゃあなんでそんなに強かったプロイセンはなくなっちゃったの?」


その一言で俺の血液は沸騰した。湧き上がって血管を突き破る勢いで巡る血が、本来の俺を呼び覚ます。怒りや征服欲で満ちた心が持つ黒い熱を体中に浸透させながら華奢な肩を押さえ込んで、そのまま椅子ごと押し倒してやった。
けたたましい音を立てながら床に叩きつけられる彼女と椅子。紅茶の入っていたカップはかろうじて指に弾かれてぐらついただけだったみたいだ。痛みに顔を歪めている彼女の隣に手をついて逃げ場を無くす。


「聞いていいことと悪いことがあるって知ってるか」


こいつの瞳に映る自分の顔がどれだけ歪んでいるかよく分かる。地面に散らばった髪の毛を掴んで引っ張り上げてやってもよかった。でもそれが憚られたのは、彼女の瞳が俺の野蛮な雰囲気の中で少しも揺らがなかったから。
平然とした表情のまま、俺が彼女を見つめるように彼女も俺を見つめている。
それが逆に腹が立った。ぐしゃぐしゃにして淀ませてしまいたかった。だけど怖かったのだ。俺はその瞳が怖かった。俺みたいに余計な念の入っていないその瞳が見据える先には、必ず確かな光がある気がして悔しかった。

「怒った?」
「…そう見えるか?怖いか?俺が」
「ぜんぜん」
「だろうな。お前の目をみりゃ分かる」

今までいろんなものと対立して来た俺様が言うんだから確かだよ、と言うと彼女はうんとだけ頷いた。
あれほど酷い状況で陥落させられたにもかかわらず、彼女の顔には恐怖など滲んでいなかった。それが不思議だった俺は思わず片方の手で彼女を押さえつける。無表情のまま「逃げないよ」と、場慣れしたような生意気な台詞を口にする彼女。その細い首を締め上げてやっても良かったのに。


「陥落させられたことに何の感情も抱いてねえのかよ」
「そのうちね、陥落も直すから。生き返るから」


そういって笑った顔に、なんの絶望の色も無かった。俺はあの時、負けたとき、陥落してしまったとき、どれだけの自責の念と羞恥を心に宿しただろうか。
もしかしたらそれが俺を消し去る要因だったのかもしれない。それをことごとく覆すかのように彼女は平然と笑う。占領地になった今もなお、国として生き様を見せ付けるその姿に俺は言葉も出なかった。
俺みたいに消し去られた存在である国からこんなふうに攻められてもすぐに追い払えると言う意味なのだろうか。そう考えると生意気で腹が立って仕方が無かった。


「俺が死んでるって言いたいのか」
「ううん、生きてるよ。ちゃんと生きてる」
その目を見れば分かるよ。と白い手が俺の頬に滑ってきた。
「抗争や対立の中を過ごしてきたその顔つきが、瞳が、ぜんぶ生きてる証」

椅子を起こそうとも思わないみたいだった。そのまま、俺に食べられてしまっても構わないとでも言うかのように跨られていることを厭わない彼女の顔。
ロシアが入ってきたら俺は終わる。今此処でそれを考えると冷や冷やしたが、それ以上にこの瞳に射抜かれて動けないのだ。


「きれいな目」
「赤い目。血の色だぜ」
「違う。これは、闘志の色」
「闘志?」
「生き物は常に何かと競い合ってるんだよ。知らないの?プロイセンの目はそれがしっかり現れた目だよね」
「……………」


彼女は笑っていた。俺が此処にいるのが当たり前みたいに笑った。


「だからね、プロイセンはきっと強かったんだと思うよ」


あったりめーだろ、と頭を小突いて笑い、椅子を起こしてやった。







確かに生きていた